真意はどこに?

「ボクの感想を聞くノは止めといたほウが良い。キミの得にならないヨ」


 後悔するだろうとイリスは語る。けれど、ウィゼルは食い下がった。


「エル・ヴィエーラからの圧力があったというわ」


「あの国もボクも、一番大切なのは鉄女神マルドゥークだからネ」


「随分こだわるのね」


「もちろんこだわるサ。ボクの存在理由だもの」


「存在理由……?」


「罪をね、あがなわなけれバならないんだ。ひょっとしてキミ、皇子様から聞いてないノカ。あれこソが、過去の文明にを刺したモノだって。キミもちょっとくらい知っているだろう。大昔世界を二分した大戦争がアったのヲ」


 ウィゼルも聞いた事があった。

 竜の里長ホルフィスが話してくれた、昔々の歴史ものがたり。いまよりも遥かな昔に、二つの輝ける国があった。神から与えられた強大な力で国を富ませ、栄華を極めた古代帝国と古代王国。太陽神ホルシードの祝福を得た二国は理想郷を作った。姿かたちも、言語も人種の別の無い国。互いに手を携え支え合い、讃えあうあたたかな世。誰もが富める理想郷。しかし、理想はあっけなく崩された。野心を抱いた帝国が、王国に戦争を持ちかけたのだ。王国は、多くの兵を率いて神と共にこれへ抗った。長期化する争いは、やがて同盟諸国を巻き込み、世界を二分した。


「あノ大戦争は終わった。沢山の犠牲を払ってネ。帝国と王国は崩壊し、戦争で疲弊した国々も次々に滅んでいっタ」


 その後にやって来たのは、誰もが知る歴史の闇。かつての文明を葬るきっかけとなった、恐怖と混乱の時代。


「それをもたらしたのが鉄女神マルドゥークサ。それと、もう一つある」


「もう一つ?」


「この国が隠しているモノだ。キミ達の大事な皇子様は、その鉄女神マルドゥークに関係していル。そして、その隠していル者も傍にいル。ああ、その顔つきは本当に知らされていないんだナ」


 それでも、仕方ないかとイリスは苦笑した。


協会ぼくら鉄女神マルドゥークを封印しようと思っている。二度と使わレないよう二ね。そのタめにハ、殿下のチカラが必要デネ」


「封印なんかしなくても、使わなければ良い話よ」


 イリスが片眉を上げた。


「いまマさに、強大な王国に飲まれヨうとしているこの国が、大人しく滅ブと思う?」


 手元にいつでも使える強大な力を握っているというのに。

 イリスは噛んで含めるように囁いた。


「絶対に使わないって、言い切れル?」


「……試さないで」


 ウィゼルはイリスを睨み据えると、刃を突きつけた。

 イリスの目に、面白いものを見るような光が灯った。


「なに、どっちが正しいか、やリあうノ?」


「やめな、お嬢ちゃん!」


 アリーが叱るような顔つきで二人を睨んだ。


「坊や、命を助けてくれたことは感謝するよ。けどね、あたしらはあんたと戦うつもりは無いんだ。お嬢ちゃんも、それをしまいな」


「でも、こいつを放っておいたら!」


「しまうんだよ、それを!」


 目をつり上げたアリーが、ぴしゃりと言った。


「いまのを見ただろう。あれだけ屈強な奴らが一瞬で殺されちまったんだよ。あんたも死ぬつもりかい。託されたもんがあるんじゃないのかい。それを放っておいていいはずがないじゃないか!」


「でも」


「……カムールはねお嬢ちゃんが思うより広いんだよ。あたしらが居場所を言わなければ、この坊やは殿下の居場所を知り得ない」


 ましてイリスは徒歩だ。逃げる時間も機会も、いくらでもあるとアリーはウィゼルの背中を軽く小突いた。


「へぇ、懸命ダぁ」


「あんなもん見せられちゃね、お慈悲にすがりたくなるってもんさ」


 イリスはアリーをみつめると、何かに気付いたような顔つきをした。


「おばさん、左目に面白いもノをつけているけど。それ、ナニ。目に光の糸が絡みついているよウに見えるんだけど……左目はちゃんと視えていルかい?」


 差し伸べられたイリスの手を、アリーは慌てて払った。


「ちょっと休めばまた見えるようになる」


「そう、結構不便そうだケどな。左側だけを異常なほど気にしていたし、矢も正確に放てないから、的の大きな馬をわざワざ狙っタんでしょ。今なら治してあげられるルよ」


 ちょちょいのちょいと魔法クオリアでね。イリスがにこりとすると、アリーは強張った表情で首を振った。


「そんなことより大事なことがあるんだ。あたしの治療よりも大事なね」


 アリーはよたよたと馬の近くにしゃがみこむと、そっとたてがみを撫でた。荒い息を繰り返す馬に、アリーは静かに囁いた。


「まずはこの子を大地に還さなくちゃならないね……」


「治せないの?」


「足が一本でも折れたら、馬はもう死ぬしかないんだよ」


 二度と走れないんだと、アリーは馬の額を撫でた。


「よくやったよ、ありがとう。我らが大地母神アシェイラよ、貴女の遣わせた命が還ります。どうか、この馬へ安らぎを。そして貴女の大地に新たな命として宿りますよう」


 囁くような祈りを口ずさみながら、アリーは馬の首を短剣で深く切り裂いた。馬は少し暴れて徐々に動かなくなった。服の裾で短剣についた血を拭うと、アリーはウィゼルを振り返った。


「……お嬢ちゃん、迷惑ついでで申し訳ないけど、あんたの竜に乗せとくれ。それからあんたも離れるんだ。追手が来るよ」


「ボクには構わナいでくれ。待ち人がイるンだ」


「待ち人って、誰だい。イスハークならみんな引き上げたよ。あっちにいるのは騎兵ばかりだ」


 怪訝な表情を浮かべたアリーに、イリスはまるで、何かを楽しみにしているような顔つきで彼方を眺め、笑った。


「騎兵じゃない。彼女サ」





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