協会の意向

「言いなさい。言わなければアルルを放つわよ」


「命を助けタお礼にしてハ酷くなイかい。キミってば何時の間にそうイう子に育っちゃったノ?」


「貴方に育てられた覚えはないわ」


「キミ達に差し向けられテいたマルズィエフの追手も西守に雇わレていた暗殺者も協会ぼくらが片付けてアげていたのに?」


 ウィゼルが、はっとした。いままであるはずの追手や、暗殺者の襲撃が殆どなかったのは、イスマイーラが襲撃されづらい場所を選んでいるからだと思っていた。ルークもそれについて疑問を口にすることも無かったし、ウィゼルも事情を知っていたから、それが当たり前のように感じていた。


(そうよ、いままでおかしなことだらけだったのに、どうして気付かなかったの)


 いくら場所を選んでも、追ってくる人間全員の目から逃れる事なんて出来なかったのに。疑問を抱いて当然であったはずなのに、考えようともしなかった。


「……それについては一度でも疑問を抱くべきだったわね。まだ、ルークを狙ってるのかしら」


「命を狙うつもりは無いヨ。僕たちも、アル・リド側に行くようなら全力で止めようと思っていたし、途中で殺されるのもボク達にとって都合が悪イしね。結果、キミ達に安全な旅を保証してしまっタ。まぁ、これも意図しない手助ケってことデひとつ……」


「信じられないわ」


「信じテよ」


「貴方は危険なの。でなかったら、こんなことはしない」


(イリスがアル・リド王国とを持っていたなんて!)


 まえに、ルークはイリスがエル・ヴィエーラ聖王国と関係があるふうに言っていた。協会に属するシルビアと同等の者なのだと。だからウィゼルも、と、思い込んでいた。


「教えてあげたって、どういう事なの!?」


 有無を言わさぬ気迫に、イリスは、ああという表情を浮かべた。


「少し前にアル・リド王国のほうで面白いものが見つかってネ。その繋がりってやツかな。協会としては出土したものの正体ヲ把握しておキたいし、アル・リド王国側としても同様のことだったンだろう。わざわざ文書をしたためてボク達協会に依頼をしてきタんだ。先史文明についてハ、協会の方が詳しいかラね。ちょうどボクの仲間も滞在していたカラ、彼を紹介した」


 調査はつつがなく行われるはずだった。


「なのに、アル・リドで見つかった遺産がドういう類のもノなのか。そレをボクらに教えテくれる前に連絡が途絶えてしまっテね。恐らく、分かる限りのこトを聞き出しテ、その後でボクの仲間を始末したカ、何処かに閉じ込めでもシたのだろうサ」


 互いに軍を向け合っているアル・リド王国とエル・ヴィエーラ聖王国の間でそんな親しみのある交流があるとは知らなかったと、ウィゼルは眉根をうごかした。


「エル・ヴィエーラと、アル・リドは仲が悪かったはずでしょう?」


「悪いよ。でも、それは国としてだ。協会としてハ国同士のいがみ合いなんて関係が無い。なんでって、そリゃ協会はエル・ヴィエーラ聖王国の組織ダけれど、ボクらはからネ。国内外の遺跡の調査ト、遺産の管理、研究が仕事だかラ。うん、ただの学者の集まりダ。だから、ボクらはになラないと思っテいた」


 けれど、見込み違いだったとイリスは溜息を吐いた。


「アル・リド王国は、都合の悪い事実を知られたら不味いト思ったんダロウ。だから口封じに走ったんだ。嗚呼クソ、鉄女神マルドゥークの情報を欲しがっていた時点で察しておけば良かったんダ……ああ忌々しイ仕事が増えタ……いいかい、これは戦争だよ。戦争。コトはアル・カマルとアル・リドの間だけで済まされるもんじゃナい。ボク達エル・ヴィエーラも、二国の周辺国家も巻き込む異常事態ダ。外交的には爆薬庫に点火されたようなもんだヨ。ボクでも悲鳴をあげたいくらいなのに……ねえ、あの元皇子サマったらマダ同盟を組むって夢見てるノ?」


「それは……」


 イリスの背景に彩られた巨大な力に、ウィゼルは全身から力が抜けてゆくような感覚を覚えていた。


(ルークは、こんなのから皆を守るっていうの?)


 ルークが対峙する敵の大きさに、愕然とした。


(手紙一つで、どうやって守るのよ……)


 託された願いの、あまりの小ささに絶望した。彼を取り巻く力の前ではちっぽけすぎるのだ。けれど、そんなものでも誰かに託さなければいられなかった彼の心情を想うと、簡単に諦めてしまうわけにはいかなかった。


「……さっきからペラペラと大事なことを話してくれるじゃない」


「キミが言いふらしたとして、何が出来るノさ?」


 キミには何もできないと言われているようで、ウィゼルは悔しくなった。ルークの必死な想いを、これまで共に歩んできた道のりを、一言で握り潰されたような気がして。同時に自分もまた、同じことをルークへ述べていたのだとウィゼルは気がついた。途方もない大きな敵に、小さな希望を抱いて立ち向かう彼へ諦めろと言ってしまう事がいかに残酷だったのか。


「そうね、出来ないわ」


「なラ、諦めテよって、伝えてくれるかイ。ボクももう、見ていられなくてネ」


 困ったように眉を下げるイリスを睨む。


(今なら分かる。私も、ルークの想いが分からなかったからこんなことが言えたのね)


 彼もまた、分からないのだ。ルークのこれまでの想いも、痛いほどの願いも。理解しようともしない。いいや、本当のところ理解しているのかもしれないけれど、それでも分かったうえで諦めろと言っている。

一瞬、迷いがよぎった。それでいいのかと問いかける自分に蓋をするように息を飲みこむ。こみ上げてくる様々な想いは、とりあえずは去ってくれた。


「一つだけ聞かせて」


「答えを聞いてイないナ」


「そうね。おあいにく様だけど、私、ザハグリムに行く途中なの。ルークとはついさっき別れたばかりだから、貴方の言う事をルークに聞かせてあげられそうにないわ」


「そウ、なら、仕方ないな」


 少しだけ、本当に残念そうに肩を落とした。


「今度は私の質問に答えて頂戴」


「ボクが答えられる事であれば」


「貴方は、今回の戦争をどう思っているのかしら」


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