内通者の名は

 タウルは舞い降りたばかりのサクルから結縄キープを受け取ると、それをざっと改めた。縄の末端には灰色の糸が等間隔で四つつけられている。タウルはそれを真剣に眺めると、結縄キープを両手で丸め焚き火にくべた。そして、周りを取り囲んでいた男達に言った。


「毒を撒かれた。これからイマームとサハルの水は飲むな」


 男達が騒めくのを制し、タウルは続けた。


「カムールの連中は毒を撒きながら二手に別れた。片方はイマーム。もう片方はサハル街道……第二皇子がいるのはサハル街道だそうだ」


 ぱちぱちと燃えてゆく縄を眺めながら腕を組む。少しばかり厄介なことになったと溜息を洩らしながら。正面で胡坐あぐらをかいていたユベールという男が、ひざを打った。


「後方にサクルを飛ばして事の仔細を伝えましょう。なるべく早めに別の水源を見つけなければ」


「日が昇ったらすぐにダリウス様へ伝えろ。それから、俺達はサハル街道へ向かう」


「ダリウス様から命令されていないぞ」


「獲物の追跡は俺達の仕事だ」


「いいや、そいつは兵士の役割だ」


 タウルが喉の奥で笑い、強引に言い改めた。


「俺達は偵察だぞ。いま敵を追跡しておけば、後で偵察兵共の助けにもなる。イブリースの中から五名ほどをイマームとの連絡役につけろ。イマームに行った連中とは戦うな。いいな、絶対だぞ。遠くから様子を伺うだけに留めろ。残りは全員サハル街道へ向かえ。先発で三名。次に四名が行き、その後から残りの全員が向かう。先発はそうだな、おい、ユベールがやれ」


 ユベールが、ぎょっとした。


「俺か?」


「ユベールという名のやつは他に誰がいる。お前だよ、お前。カムールの連中と接触し、状況を聞き出せ。それをサクルにのせて俺のところに届けろ」


「内通者から直接文を貰っているんじゃないのか」


 タウルは難しい表情で首を振った。


「そろそろ怪しむ奴が現れる。奴には当分サクルを飛ばさせない。代わりにお前がやれ。国境付近から逃げてきたとでも適当に理由付けして潜り込め」


「そんな危険なことをしなくても、ある程度の予測は出来ると思うが」


「あくまで予測でしかない。俺は確証が欲しい。いいか、避難民であれば水脈潰しが投じられていないオアシスを案内されるだろう。そして未だ無事だと思われる避難民たちの位置と距離を教えられるはずだ。それと合わせてカムールの騎兵達の現在の規模と、様子を見てこれる。そうすれば、新たな補給路の開発に繋げられるかもしれない」


 タウルは忌々しげに焚き火を睨み、言った。


「潜り込んだ後はごく自然に内通者に近付け。決して怪しまれるな」


「……そいつの名は」


「イスマイーラという」



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