彼らの本音

 群衆の中の一人が、ぽつりと言った。


「……俺の親父は、あいつらに殺されたんですよ。このまま大人しく引き下がれるわけがないでしょう」


「俺の息子もやられた。せめて息子のかたきくらいは取りたい」


 後に続くように、ぽつり、ぽつりと誰もが囁き始めた。

仇をとりたい者。敵に憎悪する者。戦いに生き甲斐がいのようなものを見つけて瞳を輝かせる者。皆がそれぞれの言葉でそれぞれの理由を口にする。その中で一人、気まずそうに手を上げる者がいた。

強面で屈強そうな男だった。憐れみを抱くほど小さく背を丸め、怯えたような顔つきで前に進み出る。


「……いとまを、頂きたく思います」


 ハリルが、ルークに耳打ちをした。


「うちの氏族の一人です。今年結婚して、奥さんが身籠ったらしくて」


 ルークは男に顔を向けると、優しくほほ笑んだ。


「今夜中に荷をまとめ、早朝に発て。生まれてくる子と家族があるのに、よく俺なんかのためについてきてくれた。ありがとう」


 男の顔が強張った。何かに堪えるように俯くと、小さく肩を震わせ、深々と頭を下げた。


「こんなときに、国のことよりも家族のことを考えるのは、おかしいことなのかもしれません……」


「謝らなくていい。それは人として自然な感情だ。生まれくる小さな命と共に生きたいという気持ちを俺は否定しないし、否定しようとも思わない。だから、頭を上げてくれ。いや、むしろ謝るのはこちらの方だな。皇族おれたちが解決させなければならなかった国同士のいざこざにお前達を巻き込んでしまった。いいか、お前は巻き込まれたんだ。だから、自分自身の選択に負い目を感じる必要はない。むしろ誇りに思ってほしい。そして、なんとしてでも家族と共に生のびろ」


 目にうっすらと涙を浮かべた男を、誰もがみつめていた。

 ルークは彼らをぐるりと見渡しながら、声を張り上げた。


「他にいないか。引き返せるのは今しかないぞ!」


 誰一人として一言も発しなかった。重苦しい雰囲気の中で、誰もが迷っているようだった。


「……いまだからこそ、お前達に謝らねばならないことがある」


 ルークははっきりとした口調で続けた。


「俺がここに来たのは、アル・リド王国との同盟を結ぶためだった。俺を守護する兵がここにいるイスマイーラだけであるのは、同盟を結ぶ代わりにアル・リド王国の人質になるという、後ろ暗い同盟だったからだ」


 男達が信じられない面持ちで顔を上げた。ざわざわと小声で話し合っているのを耳にしながら、ルークは語るのを止めなかった。


「しかし、アル・リド王国にたどり着く前に同盟の話は取り消された。戦端は開かれ、お前達は苦境の中にいる。本来ならば、俺がどうにかしなければならなかった問題なんだ。お前達が俺に付き合う道理はない」


「恐れながら、殿下はあまりにも我らを綺麗に見過ぎておられるようだ」


 壮年の男がルークの声を遮った。男は強い眼差しで進み出ると、凛とした声で言った。


皇主カリフ様や殿下の為という高尚な理由でここに立っている者もおりましょうが、我らのほとんどは自分の居場所と家族を守るためにここに立っておるのです。両の手が血に塗れるなど、この場にいる誰もが理解し、既に覚悟しておるのですよ」


「だが原因は皇族おれたちにある。こうなった責任は俺一人が取らねばならない」


「一人で責任を負うというその気概きがい、結構なことですな」


 壮年の男がルークの前に腰を下ろした。細面の神経質そうな顔が、苦笑にあふれていた。


「戦も責任も一人で背負うものではございませぬ。それが国という途方もなく大きな規模であるなら、なおのこと」


 細面に、えもいえぬ迫力があった。


「我らは、我らの居場所を守るためにここに立ち、かつての因縁を水に流して共に戦おうと剣を取ったのです。殿下、殿下と同じ志を持つ我らでは、不足でしょうか」


 共に剣を取るに値せぬのか。守る為に立ち上がった我らを、敵に背を向ける臆病者だとでも思っているのか。男に気圧されながら、唾を飲み込む。


「……そんなことは、ない」


 ふっと、男の目元が綻んだ。


「そうでないのならば何故、我らを遠ざけようとされるか」


「これ以上の被害を、出したくないんだ。俺は戦争というものを知らない。戦い方も、兵を率いたことも無い。あるのは五年前にお前達を仲裁するために父上が苦心した姿と、東守で得た知識だけだ。それだけでは、お前達を守れない」


 嘆かわしかった。この場にいる全員の命を預かれるほどの力が無いことが。


「俺は、お前達を率いていいのか分からなくなってしまった」


 弱々しい言葉へ、男は静かに問いかけた。


「では戦うことを諦めますかな。それとも―――」


「いいや、諦めたくはないし、まだ諦めるつもりもない。お前達よりも無知で、何の力もないけれど、俺はお前達と共に戦いたい。だから、力を貸してほしい」


 頭を下げたルークに、誰もが目を見張った。傲岸不遜ごうがんふそんに俺の命令を聞けと強制するのでもなく、皇族だからと偉ぶる風でもなく。ただ一人の、アル・カマル皇国の民として、同じ民の大人達に頼み込んでいる。そんな姿に、男が、くしゃりと笑った。


「奇遇ですな、ここに残った者達はみな、殿下と同じ考えでございます」


 そしておそらくは、同じような葛藤を胸に抱いた者達ばかり。様々な顔つきで全員がルークをみつめていた。


「最後まで、共に戦いましょう」


「名は何という」


「南カムールはアクタル様が氏族、ヘイダルのモハメドと申します」


 ルークは、はっとした。


「お前、アクタルの……」


従兄いとこにございます」


 モハメドが、にこりとした。


「先程は我が息子のソマが失礼を」


「……あいつの怒りはもっともだ。それに、アクタルの血族であるお前の立場を蔑ろにしてしまった」


「全て承知の上でソマに向かわせたのです。いずれ私の後を継ぐのですから、殿下からの伝言くらいは聞けるだろうと思っておりましたが、悪い癖が出てしまいましたな。愚息に代わり殿下へ謝罪を――――して、我らに考えがございますれば。殿下にお聞きいただきたく」


 モハメドは笑みを引っ込めると、真剣な顔つきで語り始めた。





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