猜疑と隼

 日中の日差しが渇いた大地を照りつけて、砂地が白く輝いていた。なだらかな窪地に満々と湛えられた水が、ぼちゃぼちゃと波打っている。数人が袋から団子状になった毒薬を取り出すと、中身をオアシスへ投げ入れる。それを黙って見つめていたルークに、ハリルは苦笑を浮かべた。


「今度は誰と喧嘩をしました?」


 そっぽを向いたルークに、ハリルは苦笑いを深くした。


「今日はイスマイーラと一緒じゃないんですね」


 特に用向きが無ければルークのそばにいるはずなのに、今日は朝から姿が見えなかった。


「あいつなら、サクルを飛ばしに行ったぞ。何か用でもあったか」


「用……というほどでもないですけど」


 言いよどむように口ごもり、やがて、ハリルは探るような声色で訊ねた。


「イスマイーラはカムールの遊牧民ベドウィンだったそうですね」


「突然何だ」


「いえ、俺達と同じ遊牧民出身ベドウィンだって聞いたものですから。同郷ならご家族のこともわかる範囲で伝えてあげたいじゃないですか」


 カムールのことなら教えてあげられますと、ハリルはにこりとした。


「氏族はどちらですか」


「……シリルだ」


 ハリルの瞳に、刺すような鋭い光が一瞬だけ現れた。


「たぶん、アル・リドから亡命してきたんだろうと思う」


「珍しくもない話です」


 アル・リド王国とアル・カマル皇国の国境付近ではよくある話だ。曰く、領主の圧政や困窮こんきゅうに堪えかねた民が国を逃げ出すのだ。そういう者達を総称して流民と呼んでいる。これらを取り締まるのは国境付近の領土を持つ領主だ。カムールで言えば、南カムールのアクタル。北カムールのニザルが該当するだろう。ともすれば、ハリルもまた、取り締まる側の人間の一人。それを思い出したルークは、顔を強張らせた。


「あいつは、その、口数が少ないから誤解を受けやすいと思うが……悪い奴じゃない」


「信頼しておいでだ」


「当然だ。そもそもイスマイーラが信頼できないような奴だったら俺と一緒には居ない。イダーフが同道を許可しないだろう」


「俺は直接イダーフ様を存じ上げませんから何とも言えませんけど……少し思い切りが良すぎじゃありませんかねぇ。だって、シリルでしょう?」


 ハリルの言い草に、ルークはむっとした。


「確かにイスマイーラは卑賤ひせんの民だ。氏族が犯した罪のせいで国から理不尽な扱いを受けてきたけど、出自と人格の良し悪しは別だ」


 周りから蔑まれているからと言って、蔑んで良い理由にはならない。

 ルークに睨みつけられたハリルは、顔を歪ませた。


「……殿下のそういうところは嫌いじゃありませんよ。でも少しは」


「でも、なんだ?」


「いえ、なんでもありません」


 完全に気を害したルークに、ハリルはこれ以上の言葉を紡ぐことは出来なかった。しかし、胸にわだかまるもやもやとしたものがあるのも事実で。


サクルなんですよ、彼は……)


 最初イスマイーラがサクルを飛ばすのを見たのは、イスハークが襲撃された直後だ。弔いの儀式の最中に何かを作っていたのをハリルはしっかりと見ている。サクルの足に紐のようなものを括りつけ、人目をはばかるようにして飛ばした。それが数日も経たずに戻ってきた。


(マガンから硝子谷へサクルを飛ばせば早くて三日。遅くて五日はかかる。それが一日で戻ってきた。サクルの受け手がそばにいるのか……?)


 そしてサクルの足に結わえたもの。あれは文ではなく結縄キープだった。


(ひっかかるんですよねぇ、彼)



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