イスマイーラとタウル
イスマイーラが、あからさまに顔をしかめた。
「そういう表情をされるといささか傷つく。久しぶりなんだ、少しは嬉しそうにしろ」
「争いの最中に歓談できるような性根は、残念ながら持ち合わせていませんので」
タウルが片眉を上げ、肩をすくめた。
「お前は昔からそういう奴だったよ。ま、状況が状況だ。手短に話そう」
タウルが剣を下ろすと、武装した三人の男達が走って来た。イスマイーラが斬り伏せた男達と同じ格好をしている。タウルは彼らを睨むと、来るなと手で制した。
「一刻、待て。隊長命令である」
振り返りもせずに、冷たく言い捨てる。代わりに、イスマイーラには酷く暖かみのある声色で訊ねた。
「いつから、お前はシリルから、イスハークになったんだ?」
「そんなものを答える必要が?」
タウルはもちろんだと頷いた。知古に出会った時のような柔和な笑みを目元に浮かべていたけれど、眼差しは冷たかった。
「あれほどの殺意のこもった剣を向けて来られては、事情の一つでも聞きたくなるだろう。別に責めようと思っている訳じゃない。
「いつから、アル・カマル皇国軍の兵士になったんです?」
この時、イスマイーラの中では、ある程度見当がついていた。夕方ルークが連れ帰った
アル・リド王国軍が北カムールまで進軍してきているかもしれない。
「この国を憎んでいた貴方が、どういう風の吹き回しですか」
タウルが冷笑を浮かべた。
「まさか。そんなわけがないだろう?」
「では、野盗でも始めましたか」
タウルが大声で笑い出した。
「違う、違う。俺はテべリウスに頼まれたんだよ。戦争があるゆえ、どうか我々の力になって欲しいとな。頼みこんできた姿は傑作だったぜ。お前にも見せてやりたかったなぁ」
「あの愚か者の命令を聞いたのですか?」
信じられないという面持ちのイスマイーラへ、タウルは笑みを引っ込め、静かにうなずいた。
「もちろん、ロスタム様直々のご命令でもあるからな。テべリウスだけであれば、俺はこんなところには来ない」
タウルが少し考えるように中空に視線を彷徨わせ、小気味よいほどあっさりと言った。
「丁度いい、お前と再会できたのも何かの縁だ。俺と来ないか。共に復讐を果たす良い機会だぞ」
「何を言い出すかと思えば……」
「聞け、イスマイーラ。此度の戦で勝利を得れば、シリルはアル・リド王国にて
その一言は、イスマイーラにとってあまりにも強烈過ぎた。ルークの心情を理解し、凍り付いた心に柔軟性が戻ってしまったからこそ、タウルの言葉がイスマイーラの心に強く響く。
二十年前から誰もが望み、諦めていた氏族の悲願。再びあの懐かしくも暖かな生活が自分達の手に戻るかもしれない。タウルの誘いを拒絶しきれない自身に、イスマイーラは戸惑いを覚えていた。
「この国はもうじき亡びる。サルマン王子率いるアル・リド王国軍先発隊五千。あと二カ月もすれば、二十万の兵がやって来る。お前なら両軍の力関係は分かるだろう?」
サルマン率いるアル・リド王国軍の力と、アル・カマル皇国の力の差は歴然だ。アル・カマル皇国が持ち得る兵力は十五万人ほど。更に国の防衛にあてるのなら戦闘にあてられる兵の数は八万に減る。
一方、アル・リド王国軍は二十万人の兵を派遣し、更に国の防衛に何万もの兵をあてる余裕がある。イスマイーラは指が白くなるほど拳を握り、固く目をつむった。
「お前が来るのなら、このイスハークを見逃してやってもいい」
拒否すればタウルは表情も変えずにイスハークの人々を皆殺しにしてしまうだろう。そういう残酷な面を併せ持った男であるのを、イスマイーラはよく知っていた。
かつての戦友の誘いを拒絶し、この国と
裏切者と称されても、大切なものを守るか。
お前の答え次第なのだと、タウルは静かに言った。
「直ぐに決められないのなら、一刻だけ
イスマイーラは大きく息を吐き、顔に手をやった。
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