誓いの蝶を飾って
『神殿内の聖域のことや
『それで』
『トは?』
可笑しそうにするL411へ、アズライトが焦れたように訊ねた。
『
『分かっていルとも。キミに遭うことも何もかモね。大方、アルベルトにでも遺言でも頼まレたんだろう。なんて言ってタの。キミと仲良クしてとか。それとモ、ボクと出会ったら殺せとカ?』
『それは……』
言い淀むアズライトに、L411は確証を抱いたように頷いた。
『折角の再会だ。もう少し楽しもウじゃないか』
『楽しむ暇などありません』
『ちょっとした賭け事くラい付き合ってくレても良いだろう?』
L411は何を言い出すのか。そういう顔つきのアズライトに、L411は楽しげに言い放った。
『ボクとキミでこの戦争の勝者を予想すルんだ。アル・カマル皇国が勝てばキミの勝ち。負ければボクの勝ち。キミが勝てば、キミの好きナようにすルといい。ボクが勝てば、元第二皇子ルシュディアークの身柄を引き受ケる』
『随分大きく出たものですね』
『キミだって他人事じゃなイぞ。このままでは
そう言って、遠くから様子を伺っている二人の騎兵に目をやった。
『ここでボクらがやり合えば彼らは死ヌ。平和的に争うなら、賭け事が一番じゃないかナ?』
それはアズライトにとって甘美な誘惑にも似て。賭けに乗ればL411をいまここで倒さなくてもいい。願ったり叶ったりの状況なのに、アズライトは迷っていた。
『どウする、乗るのか、乗らナいのか』
L411は促すように問いかけた。もっともらしい言葉と、もっともらしい表情で。アズライトは答えに
『キミの石頭ジャア、ちょっと難しいかナ、こういうお遊びは』
答えのない問いかけをするうちに迷ってしまったアズライトは、自分がL411を倒した場合と、倒さなかった場合を考えた。L411を倒そうとすれば、二人の騎兵が巻き添えを食うだろう。仮に無事だとしても、アズライトの力を恐れた二人は逃げ出し、何が起こったのかを吹聴して回るかもしれない。そうなれば一緒にいたルークやイスマイーラに疑いの目が向かう。一度不信感を持ってしまえば、どんなに周りががかばってもしこりは残るだろう。まして、これからルークが行おうとしている作戦は兵の運用が重要になってくる。敵が多すぎた。味方が少なすぎた。恐怖を信頼で払いのける時間も無い。ともすれば―――。
『……受けましょう』
L411が、あんぐりと口を開いた。
『どうイう風の吹きまワし?』
『なにか文句でも』
『キミがボクに付き合ってくれルのが信じられなくて』
L411の中にあるのは融通の利かない
『一体、どうシちゃったの?』
『賭けを持ちかけたのは貴方ですが』
『確かに言い出しっぺはボクだけド、そこまで怒ることもナイんじゃ……』
『怒っていませんが』
『怒ってるじゃナいか……ああいや、そうイうのは置いておイて。旗色が悪くなっタら途中で逃走しないデね』
『私が逃げ出すとでも?』
『いいや。キミの性格上、逃亡なんてしないだろうケド一応だヨ。ああ、そうそう、ソれから僕たち自身が表に出るのは無しダ』
『私達は兵器です。まして戦争ともくれば、私達は兵器らしい行動をすべきです』
なによりも隠れてこそこそと動き回るのは、いろいろと効率が悪くはないか。アズライトの言葉に、L411は溜息を洩らした。
『堂々とアル・リド王国軍を壊滅させるつもりだったナ?』
『当然です』
『くそ、久しぶりに逢ったらボクよりも物騒になっタじゃないか。シュタイナーはアズライトに何をしタんだ……いいかい、アル・カマル皇国を滅ぼしたくないのなら、それは絶対に避けなければならない』
ボクらが兵器である以上、避けては通れない問題がある。
『兵器である以上、ボクらは人にとっての脅威だ。その点については
人と同じ似姿で、人に混じって行動できる兵器と。
天空に座す、いまだ眠りから覚めない神の名を冠した恐怖の兵器と。
決まりきった答えだと、L411は静かに告ぐ。
『人が恐れるのは、ボクらの方ダ。寝惚けているキミに、アル・カマル皇国の特殊性を教えてあげよウか』
アズライトが片眉を上げた。L411は、にこりともせずそれを見上げた。
『キミも見てきたトおり、この時代はキミ達のお陰でほとんど何もない。特にあの時代の高度な知的財産は根こそぎ失われたといっテも良い。そんな中で、アル・カマル皇国はあの時代の技術を良好な状態のまま保有していル』
これが意味するところは、分かるだろう?
脅威なんだ。現代を生きる人々の。そして、世界の。
『先史技術を使えば容易に大国にのし上がれる機会を持ちながら小国のままでいたのは何故か。キミは考えたことがあるカ?』
アズライトの瞳に、興味の光が滲んだ。L411は静かに言継いだ。
『
どうだろう、納得できやしないか?
どれほど歴代の王が賢明でも、一人くらいは野心を抱いた者がいたはずだ。けれども二千年もの間、一度もアル・カマル皇国は
『理由付けとしては、しっくリするダろう?』
『危険なんだ、アル・カマル皇国そのものが。でも、周辺国はこの脅威をまだ知らナい。当のアル・リド王国も察しえないから戦争を起こセた』
ともすれば、あとは分かるだろう。
小さな鼠が大きな猫を噛むように。窮地に陥ったアル・カマル皇国が、アル・リド王国に何を為すのか。もしその通りだとして。真実を知ってしまった国々はどう思うだろう。
『人は恐怖に耐えられルほど、強くない』
恐怖は大きく二つの人種を生み出す。恐怖に従い従属するものと、それに抗おうとするもの。かつての人は、恐怖に耐え切れなかったがゆえに脅威を排除しようとした。それが竜と
『ボクらは存在そのものが人にとっての脅威だ。だからボクらは隠れていなくてはならない。兵器ではなく、
『人として隠れたまま、この国が滅びるのを黙って見つめていろと?』
『まさか。後味の悪い行動は、ボクもしたクない』
L411はおどけたように肩をすくめた。そうじゃない。とでもいうように。
『これをキミに預けよう』
そういって、懐から小さな白い三角形の板を取り出した。L411がそれをアズライトの手にのせると、三角形の板が羽虫のように両端をうごめかせた。
『
『互いに行動を監視しあウためのものだ。これで通信もデきると思う……多分ネ』
三角形の奇妙な羽虫は、アズライトの腕をよじ登り、肩に止まった。ゆっくりと羽根をうごめかせながら、今度は鋭角の頂点から触手のような糸を耳へと伸ばす。
『約束を破ればそれはキミから離れるだロう。その瞬間、不要な塵をキミの中に大量に吐き出す。電脳系統を一時停止しないとキミでも頭脳がやられルくらいのね』
そう言いながら、L411もまた、自らの耳に寄生した羽虫を見せた。
『まるで
『そんなにえげつないモノじゃないヨ。吐き出すのは単なる塵の塊だカら。それでも処理するのに大変な思いをするだろうケど。今のボクとキミには、うってつけだロう?』
『悪くはありません』
むしろ、このくらいでなければ。
耳飾りのようにぶら下がるのを感じながら、アズライトは鋭い眼差しを向けた。
『じゃあ、互いの健闘を祈っテ』
そういって、L411は何事も無かったかのように背を向けた。
何処とも知れぬ場所へ一人去ってゆくL411の姿を、アズライトはじっと、みつめていた。
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