かつての想い
(私達が束になっても、勝ち目など無いというのに)
それでもなお、足掻こうとする。純粋で真っ直ぐな感情は、守りたいという想いから発せられているのだろう。
(私も殿下と同じ年の頃は、そんな想いを抱いていたか)
とっくに捨て去ったはずの
(貴方は最後まで、皇子のままでいるつもりなのか)
二度も逃げろとは言えなかった。泣きそうな顔で「最期まで皇子として在りたい」と言ったルークの決意を頭から否定してしまうような気がして。
(当初こそ、
良くも悪くもルークに影響されているのだろう。こみ上げてきた穏やかな熱をもった感情を、イスマイーラは再び自らの奥底へ封じ込めた。遠ざかっていた喧騒が、再び近付いて来たのを察したからだ。
「敵の規模も分からずに無計画で飛び出すのは一番良くありません。各自の行動を手短に決めましょう」
民族衣装の上から分厚い革の胸当てを着こんだアリーへ、イスマイーラは伺うように訊ねた。
「イスハークは集団戦の経験がおありのようですが?」
「一人で戦うような
イスマイーラは苦笑いした。アリーもまた、苦く笑う。
「そこから見えるかい? 避難したのが集まって剣や弓矢で応戦しているのが」
アリーは胸当ての両脇から垂れ下がった革紐へ丸い筒をくくりつけながら言い放った。腹の前にくくりつけられたそれを、くるりと後ろへ回す。斜めにくくりつけられた矢筒が、アリーの尻尾のように腰から垂れ下がっていた。そこへ、大量の矢をぶち込む。
「あたしはお嬢ちゃん達を連れてそっちに向かわせてもらおうかね。こんなところで震えても焼け出されるのは目に見えているからね。だったら、人手の多い場所でなるべく沢山の人から守って貰った方が良い。そら、お嬢ちゃんは挿し木で肩を固定してやるから、後ろを向いとくれ」
きびきびと手際よく準備を終わらせたアリーが、目を白黒させるウィゼルの腕に包帯を巻き始めた。
「慣れているな?」
ルークが、目を丸くした。
「前もこんな風に、北カムールの連中に襲われたことがあったからね」
得意げにするアリーを眺めながら、ルークは顎をさすった。何かを思い出すかのように、天井に視線を彷徨わせる。不意に、頷いた。
「イスハークはどのように守りを展開している?」
「氏族長からの特別な指示がない限りは、円陣を組むのさ。その証拠にほら、イスハークの天幕は円になるように建っていただろう。あれはね、最初から襲撃に備えるために陣を組んで建てているのさ。何かあった時に動きやすいからね。前後左右、天幕二件ずつで一班。皆で円陣を組んで、中心を囲う。身体は外側を向いているから、何処から敵が来ても応戦できるようになってるし、万一囲まれても余程の大きな軍団じゃなきゃ、イスハークの営地まるごと囲えないし、何処かしらに退路があるから容易に逃げられる」
ルークはアリーの話を聞きながら、剣の切っ先で、ちょんちょんと、宙に円を描くようにつついた。
「誰が何処の天幕に移動するかも決められているのか?」
「大体ね。必ず、年寄りと若いのが混じるように組んでるんだ。年寄りは体力がないけど経験は有るし、若いのはその逆だからね」
「とすると、ここから一番近いのはラビの天幕か?」
その言葉で、ルークが何を確認しているのか、イスマイーラは漸く察した。各天幕の位置と守りに動員されている人の数。今のルークは、脳裏に
「イスマイーラは、どう思う?」
「点で守りを展開する戦法を知る者なら、主のいる拠点を真っ先に潰した方が速い。タウルという敵は、それを心得ています」
嘘で主を呼び寄せ、周りに生死が分かり易い方法で殺した。目撃してしまった住人は泡を食うだろう。そこを突けば、主と同じような指導力を持つ人物がいない限り、集団は瓦解するしかなくなる。
「次は、サラームの家族を狙うでしょう」
ルークは、ちらりと天幕の入り口を一瞥した。
「サラームの家族が何処に住んでいるか分からないから、あいつらは見境なく火をつけて回っているということだな」
襲撃されて動揺していてもおかしくないのに、ルークが冷静に言い放った。イスマイーラは唸った。人を殺しただけで、これほどの冷静な決断と判断が出来るものか?
(いや、生まれながら人の上に立つ者であったせいか。だからこそ、こんな時に何をどうすればいいかわかっておられる)
「あいつらの目的がはっきりとしているのなら、目的を達成できないようにしてやればいい。イスハークと共に戦いながら戦場をひっかきまわそう。その間にタウルを倒せば、混乱した敵の集団は瓦解する」
「ではその役割、私にお任せくださいませんか?」
ルークが視線を彷徨わせ、たっぷりと間を置いてから頷いた。
「結局、お前一人に戦わせることになるんだな」
「一人ではありません」
貴方もいる。そういう顔つきに、ルークは少しだけ虚を突かれたような表情を浮かべた。
「……無茶はするな」
信頼の証左たる言葉に、イスマイーラは微笑んだ。ややあって、深く頷いた。
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