人形と、竜の想い

 最後の竜が口にしたのは後悔だった。それへ応えたのは、L411。


『人類は初めから君達を殺したかったわけじゃあない。むしろ、その逆だ。でも、出来なかった』


 竜を知らないがゆえに、人は彼らの本質を理解出来なかった。彼らの力があまりにも強大であったがゆえに、人は力の矛先が向くのを怖れた。互いに意思を交わし合えなかったがゆえに、人と竜の間に溝が生まれた。やがて溝は、埋められないほど深くなった。


『君達には理解出来ないかもしれないけど、人類というのは弱い生き物なんだ。君達や他の動物達のように、強い力が無いからね。だから、どんな動物よりも恐怖や、不安に対して敏感に出来ている。そして、想像力が豊かだから、勝手に恐怖を膨らませてしまう……な生き物なんだ、君達と違って』


 ゆえに人類は自分達に逆らわないよう、竜と、竜の民ホルフィスを根本から作り変えることにした。


 自分達が理解できるように。

 脅威である力を、自分達のものにするために。

 彼らの意思は必要なかった。

 むしろ人類には邪魔だった。

 ただそれだけのことなんだよと、L411は諭すように囁いた。


『竜に我々の言葉は通じません』


 L411が口にしていたのは人類式の言語ことばだった。決して意思を交わすことのない一方通行の会話は時間の無駄でしかないと、アズライトは非難するような視線を向けた。それでも、L411は竜への語りかけを止めたりはしなかった。


『そんなの住処を用意し、誠心誠意真心を込めて付き合ってくれた君達は素晴らしい―――ありがとう、君達がいなかったら僕らは生まれてこなかったし、人類もとっくの昔に、母星と共に滅んでいた。人類が再び繁栄できたのは、君達のおかげだ』


 竜が、苛立つように息を吐いた。


”竜は世界ナ・バードの体現。我らを滅ぼせば世界ナ・バードは狂い、崩壊する。”


『確かに君達が絶滅したら、この星の生態系は狂うだろう。だから代わりのものを用意した。いずれ、君達の代わりになる獣たちで聖域は満ちあふれるだろう。残されているのは―――』


”支配種ノ交代だ。”


 L411の発した声は、竜の言葉、その模倣。

 刹那の間、竜は驚愕したかのように褐色の瞳を見開き、やがて絶望の歌声を響かせた。


”なんたる、皮肉……!”


”そう、皮肉だ。そして約束しよう、僕が信じるに足る人類へ、君の言葉を必ず伝えておこう。人類がみな、君の言葉を聞いて悔い改めてくれるかどうかは分らないけれど。”


 芽吹くものホルシードの周囲に、赤い光が舞い始めた。火の粉と間違ってしまいそうなその光は、ただの光ではなかった。超常の力の一端。その。竜とL411の会話を聞きながら、アズライトは密かに防御用の力場を足元へ展開した。


”元々、進化系統の異なる異種知性体同士じゃあ、理解しあう方が難しい。全ては、今更なんだ。でも、君達は幸運だ。意思を遺す元気のあるまま、次へ交代できるのだから。”


”それこそが、滅びというのだ!”


 怒りと憎しみが、竜のあぎとから吐き出された。

 眩い光が爆発する。アズライトは瞬時に自身とL411の前面へ防壁を展開した。五枚ほどの光輝く盾が二人の前に現れ、アズライトが仕込んでいた力場が静かに励起れいきする。盾と力場が干渉しあい熱分子の振動のみを停止させる光の盾へと変化した。そこへ、爆炎と爆風が直撃した。炎が光の盾に阻まれる。爆風だけが、二人の青い髪を滅茶苦茶に煽った。周りに散乱していた大小の土塊と、小さな残骸となった人形たちが軽々と吹き飛ばされていく。

竜の吐息ブレスを防ぎきった盾は、残り一枚になっていた。多重展開した防壁が維持できずに消失したことへ、アズライトは表情を苦くする。


 刹那、L411から、秘匿回線を使った通信がアズライトに届いた。


”未確認の生体反応有り。竜ノ足元。”

竜の民ホルフィスと確認。殲滅ヲ。”

”秘匿回線にて、生体確保命令あり。よって、確保を優先トス―――竜の行動妨害要請。”

”警告、命令違反。”

”最優先事項だ。確認シろ、。”


 0.01秒以下の高速通信。アズライトがL411へ、責めるような視線を送った。


 ”……竜の民ホルフィス、生体確保要請ヲ確認。リーファ・ヴァーランドの要請、受諾。”


 竜が羽根を広げた。

 透明な蝶の羽根が、じわじわと、赤く染まってゆく。

 竜が慟哭どうこくするようにいた。


『こんな結果になっても、君達を少なからず想っている人類は、いるんだよ』


 最後の姿を二人へ見せつけるように、竜はうたいはじめた。


『警告、壊変性因子マナの活性化を確認』


 竜の歌声に不快な音が混じりだす。

 それが厄災の呼び水であることを、二人は知っていた。

 万物を目覚めさせる胎動の力であり、この竜が芽吹くものホルシードと呼ばれる由縁ゆえん。歌声を耳にし、共鳴を起こした全てのが、芽吹くものホルシードの支配下に置かれる。

疑似知性を与えられた動植物たちが、竜の意志のもと、一個のとして動き出す。文字通りの生物兵器と化す予兆。


 二人は聴覚を、そっと、遮断した。以降の会話は通信のみとなる。

頭を激しく揺すぶられるような音の波が消え、代わりに外皮から地鳴りのような振動が伝わってくる。竜の初動を、アズライトの演算システムが割り出した。


”8秒後、きます。”


 足元に転がる仲間達を、ことごとく残骸に変えた力が。

 竜の力は大気中に含まれる細菌や、細かな種子の類にも及ぶ。一つの意志のもと、ありとあらゆるものがアズライト達の敵となる。それが厄介だった。身体に付着した部位から種子や細菌の類が爆発的に増殖しながら身体を蝕害してゆくのだ。その様は冬虫夏草さながら。体内に仕込まれている対生物兵器用微細兵器群ナノマシンの対応能力をはるかに超えた力は、毒の効かない人形の脅威であった。


 アズライトは微細兵器群ナノマシンで形成された二つの物理障壁を展開した。点滅する青白い微細兵器群ナノマシンが方陣を作り、そのまま二人を覆うように取り囲む。竜の吐息ブレスを拡散させる能動防御型の盾。もう一つは竜によるを防ぐための被膜が、二人の体表面を覆う。どちらも竜の力を完全に防げるほどの力は無い。


”僕に、考えガある。”


 L411が一方的に送り付けてきた提案に、アズライトは兜の下で渋面を浮かべた。


 【BITA‐Az01】と【ATTSA‐L411】の同調リンク


 互いの性質が異なるがゆえに、許可の下りない兵装を共有し、複合使用を可能とする方法だ。同調リンクすることで互いに相互関係となり、許可が下りない限り使用できない相手の兵装を使えるようになる。たとえば、アズライトの防壁をL411が許可なく展開できるようになるのだ。防御出来る人数が二人に増えたとなれば、出力が足りなくても補い合える。

しかし、処理困難な巨大かつ複雑なデータの集積物を含むアズライトと繋がるということは、L411にとっては大きな負担でもある。


”推奨できかねまス。L411そのものが損壊する可能性アリ。”


 出来ることは増えるかもしれないけれど、受け入れる器は壊れるかもしれない。L411が、苦笑する気配がした。


”全部じゃない、君だけに試験配備されたを借りたいんだ。”


 自己崩壊の危険性がありながら、わざわざ同調リンクを提案した理由を理解したアズライトは、気難しげに言った。


”本来であれば、MC兵装も、私達の同調リンクも、緊急時以外の使用を禁止されています。特にBITAとATTSAの場合は。”


”稼働時からの戦闘記録も、僕らの人格情報も、混ざり合う恐れがあるからね。それに、万一どちらかに自己処理不可能な障害が混じっていたら、とんでもないことになる。だから、責任者からの承認が必要だと、言いたいんだろう?”


 L411が、微笑した。


 ”よ。やろう、時間がない。”


 提案データが送りつけられた時点で、1秒。

 アズライトが把握し、理解した時点で1.5秒。

 L411との高速通信で、3秒経過している。8秒後にやって来るには、間に合わない。


”承認者は、リーファだ。”


 L411が、彼女の名を伝えたのと、アズライトとL411の同調リンクが承認されたのは、同時だった。あまりの早さに、事前承認を行っていたのかと疑ったアズライトは、そのとおりであった痕跡を見つけてしまった。


 リーファが最初から竜の民ホルフィスを助けると決めていたのも、二人の計画に、自分が組み込まれてしまっていることも。一度承認されてしまっては、あとには引き返せなかった。


”ATTSA-L411との同調リンク要請。”


 彼のあらゆるものがアズライトの中に流れ込んでくる。体内に広大な海を保有するアズライトにとって、L411の一部は水滴程度でしかない。けれど、L411の方には負荷がかかっているらしい。露骨な嫌悪を浮かべながら、L411は無言でアズライトを受け入れていた。


”交信終了。同調リンクしまス。”


 がくんと、強く体を揺すぶられる感覚がした。

 衝撃と共に流れ込んできたのは、L411の芽吹くものホルシードへの想い。


 彼は嘆いていた。

 竜を殺さねばならないことへ。

 遺された竜の民ホルフィスを、一人ぼっちにさせてしまうことへ。遺された竜の民ホルフィスに待ち受けている運命と、最後の竜の想いと、彼の信頼する人の想いが決して交わらないことに。


 兵器にあるまじき激情だった。疑似感情というものが人形には標準的に備わっているけれど、L411の感情はそれを軽く上回るほど強いもの。


(まるで、のような)


 今までに体験したことのない、はじめての強い感情おもい

L411へ託したリーファの想いも分かってしまったがゆえに、アズライトは混乱した。兵器にしてはあまりにも強すぎる想いに震え、L411を恐れた。彼に内在する激しい感情が脅威であると断じ、アズライトは引きずられないよう、心を凍てつかせて境界を作った。


”苦しむのは、もう嫌だろう? だから出来るだけ早く楽にしてあげようと思う。僕も、君を長く苦しめたくはないから。”


 L411の右手には、黒い筒のようなものが握られていた。

 光子発生回路レーザー・ナイフだった。内蔵型の光子レーザー発生炉であり、焦点の位置を自在に操ることで通常では傷つける事すら不可能な外皮を易々と貫通し、焼き切る白兵戦兵装。


”滅びよ、滅せよ、星の迷い子と、その眷属らに呪いあれ!”


 竜の声を拾う度に、一言一言が二人に突き刺さる。


”5秒後、MCを展開しマす。”


 空が軋り大地が鳴動する。

 未だ消えぬ炎で灰に代わっていく植物達に、異変が起こった。

 灰の中で一斉に植物達が芽吹いた。天上へ高く、伸びきってゆくそれは芽吹くものホルシードの力が顕現けんげんした合図。


 二人は駆けだした。

 アズライトは、竜の足元にうずくまる熱源反応を捕獲するために。

 L411は、竜を殺すために。


 決して後退しない。立ち止まりもしない。ただ前進する。立ち止まる余裕は二人には残されていなかった。一撃で終わらせる。想いは違ったが、目的は同じだった。


 土砂がアズライトの全身を叩く。竜の前足が二人の進路を妨害するように振り下ろされた。悲鳴のような金切り声が、粉塵の中に響きわたる。

宙識が警告を発した。斜め下へ振り下ろされた前足を、アズライトの物理障壁が防いだ。そこへ閃光が貫いた。L411が放った光子の矢が竜の前足を地面に縫い止める。アズライトは防壁を解除すると、L411の進行方向から迫ってくる木々の枝を光子で焼き切った。そこに、竜の吐息ブレスがたたみかける。L411が回避する方が早かった。


 真横で炎が弾けるのを感じながら、アズライトは滑り込むようにして竜の腹の下へ潜り込んだ。そこはまるでほらのような闇が広がっていた。竜の腹から垂れ下がる伸びきった草や苔を焼き切りながら、アズライトは闇の中でうずくまる影を掴む。丸くて暖かい物体。意識のない身体は水の入った袋のようだった。それを抱え込むと、アズライトは地面に手をついた。ほのかな赤い光が、ぽうっと舞う。

 

”座標指定。力場フィールド設定完了。”


 跳ね転がるようにしてアズライトは竜の足元を通過した。衝撃で兜が割れ落ちる。銀色だった兜が、あっという間に腐食で黒ずみ、天上にまで届かんばかりの草木に飲みこまれた。アズライトは抱えた物体を守るように縮こまり、叫んだ。


MCマナ・キャンセラー、展開!』


 露出した顔と足を腐食菌に侵されながら、竜の足元で変化が起こるのを視認した。



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