第四章 届かない手紙
最後の竜
夜の
濃い藍色の空には銀砂のような星々が瞬いている。月の青白い光が、小山のような天幕をうっすらと照らしていた。その中を、ルークはそろそろと進んだ。通り過ぎる天幕から
「随分探したぞ」
不機嫌そうな声に、アズライトは空を眺めたまま呟いた。
「……
「
「アルルのことです」
「アルルは竜だぞ?」
「いいえ、竜と
ルークが眉をひそめた。初めてアズライトに出逢った時に、ウィゼルを怒らせることとなった一言を思い出したからだ。
(確か、竜も
アルルという絶滅したはずの竜を見てもなお、絶滅したと言い張るアズライトの胸中がよく分からない。
「どういうことだ?」
「我々が滅ぼしたからです」
アズライトは信じられないような面持ちのルークから背を向けた。
「ここにカッシートという国があった頃、私達は、
「お前も戦ったのか」
「はい。汎戦術高次機能型戦略兵器、ATTSA-L411と共に」
ルークは眉根を寄せた。
「ATTSA-L411?」
「ATTSAは人類側の主力兵器であり、私と同じような姿の人形です。L411は、ATTSAシリーズの中でも優秀な兵器でした」
「同じような……」
アズライトの口から、
「私は彼と共に、最後の竜を殺めました」
かつての文明が風化するほどの歳月が経ってもアズライトの中にある記録は消えずに残されている。いまやアズライトだけが呼び起せるかつての竜の姿。そして、人類が犯した罪の記録。映像記録を共有できないのは不便だと、アズライトは嘆息した。
「あれはBITA-
水と緑に満ち溢れた、豊かな森の中。そこで、アズライトはL411と共に最後の竜に
アズライトの脳内に残された映像記録は、戦闘の余波で赤々と燃えている聖域の景色があった。人工表皮が焦げ付いてしまいそうな熱気の中で、アズライトは折り重なる仲間達の残骸から身を起こした。宙識を搭載した兜が周囲と自身の損壊状況と、敵の規模を素早く知らせてくれる。
”損壊軽微。残存兵力―――2。”
アズライトとL411を除いた味方は全滅。
アズライトの展開した防壁が竜の攻撃に耐え切れず消失したせいだった。
”敵性体α、未だ健在。”
赤い闇の向こうで山のような巨躯が残骸達を
かの竜こそ、
『……交戦直後に
残骸の山から、むくりと、L411が起き上がった。L411の
『言い残すことがあれば聞こうか』
『余計な話をしている暇はありません、L411』
『本物の竜とゆっくり話の出来る最初で最期の貴重な機会なのに?』
『傷口が塞がりかけています』
『でも、竜にはもう戦える力は殆ど残っていない……だろう?』
宙識が表わす竜の生体反応は、L411の言った通りだった。脈拍も心拍も弱い。死期が近い事を示していた。
『幸い残ったのは僕らだけだ。迎えが来るまで存分に話すといい。懇願か、哀願か、命乞いか。それとも、怒りか憎しみの言葉か……君はどんな言葉を遺す?』
不意に、竜が巨大な口を開いた。あらゆるものが燃え、混じり合う臭いの中で清涼な樹木の香りが漂う。
竜が
聞くものを魅了するそれは、人には発音不能な竜の言語。
哀しみに満ちた歌声を、二人の聴覚が人類式の言語に変換しはじめる。
”みな、死んだ――――。”
哀しみに満ちた感情の波が、聴覚を通して伝わる。
L411は惜しむような表情で最後の竜を見上げていた。
”招いた我々が間違っていた。殺しておくべきだった。住処を失くした迷い子を、哀れに思うべきではなかった。
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