芽吹くもの
竜を取り囲んでいた光がぼやけはじめる。次第に弱々しくなってゆく光の中で、草たちが成長を止めた。触手のようにしなる
それは竜と、
元々医療用に研究されていた技術を軍事用に転用したものだ。手動による座標の指定、領域の限定と、大気中における威力の減衰や散逸など、実装までに取り組む課題の多い試作兵器。それをアズライトは予め装備されていた。実戦時の効果実績を取得し、予測される
アズライトは結果を観測するように竜を仰ぎ見た。草木で作られた鎧から白煙が立ち上っている。L411によって放たれた光子の矢が身体のあちらこちらに突き立っていた。そこから流れる大量の水が、竜の身体を濡らしている。徐々に、しかし確実に竜の力が衰えゆく。
L411が草木の防壁を光子の刃で灼き切る。彼の左肩は腐食が始まっていた。内側から食い破るように蔦植物の芽が伸び、身体を絞めつけている。それを煩わしそうに引きちぎると、根元から左腕が外れた。L411は何の感慨も無くそれらを放り捨てた。転がった腕を草と微生物たちが食い荒らす。右手に絡みついたままの蔦が光刃に触れると、あっという間に燃え尽きた。
竜が頭をもたげる。
L411が駆ける。
彼はひたすらに前進し続けた。
伸びきった草たちが獲物を追うように迫る。
L411に迫った蔦が、光の防壁に弾かれた。アズライトが予め展開していた物理障壁だった。アズライトは自らの防壁と、MC領域を維持しながら、竜へ光子の杭を打ち込んだ。L411に気を取られた竜の左足へ。目測が外れ右後ろ足だけに突き刺さった。悲鳴のような振動が身体を震わせる。刹那、光が爆発した。物理障壁のなかで、アズライトは竜の最期を見た。
障壁の内側で、L411の兵装は展開されていた。彼が手にしていたのは白光の槍。光子発生回路を
竜が暴れた。苦しみに身体をよじらせ、悲鳴のような衝撃が全身を打った。そのたびに、アズライトは身を引き裂かれるような感覚を覚えていた。
(これが、L411の感情)
竜の苦しみに呼応するように草木の鞭が障壁を激しく叩く。L411は自らの身体を草木に飲みこまれながら、光子発生回路の出力を上げた。極限まで殺傷能力をあげられた光が弾ける。衝撃で物理障壁が砕け散り、彼の姿と竜の身体が白光に飲まれた。
その中で、絶命の声が響く。
二人は竜の最期を全身で感じた。竜の身体が大きく震え、やがて、口から大量の水を吐き出しながらくずおれる。土砂と水を撒き散らし、ゆっくりと、枯れ草の中に倒れ伏した。
”
突如、人工頭脳が焼き切られそうな衝撃がアズライトを襲った。それはL411の嘆き。いや、叫びだ。理解しようとせず、利己心の塊となった人々への
(だめ、壊れてしまう)
かつてない苦痛に喘ぎながら、アズライトは逃げ出すように
『大分、苦しそうだね?』
半身を植物たちに侵され、竜の流した水で全身を濡らしたL411が外部音声で訊ねた。その彼を、アズライトは正体の分からないものでも見るように眺めた。迷っていた。混乱を引き起こすほどの強い疑似感情を抱える彼を拘束するべきか否か。L411を守っていた障壁は展開されたまま彼を守っている。いまなら、障壁の出力方向を操作するだけで、L411を障壁の中に閉じ込めることがも出来る。けれど。アズライトは腕の中に抱えたモノに視線をやり、困ったようにL411を仰いだ。
『……リーファと、事前交渉をしていましたね』
お喋りで感情表現に富むL411が、感情の無い視線を向けた。
『命令違反になります』
『その命令違反に君も加担した。共犯者だ。ま、規則通り僕を拘束しても良いんだけどね?』
青白い閃光を放つ光子発生回路をアズライトに向ける。
『僕を当局に引き渡しても君の運命もまた僕と大差がない。中身を漁られて、今までの記録も人格も
アズライトが苦い表情を浮かべた。L411の言う通りだった。
竜の力から味方を守りながら負荷のかかる
『お互いにとって悪い話じゃない。君は
アズライトは長い溜息を吐いた。
『会話は記録していますよ』
『キミだったら記録の
L411がいつもの調子で笑む。先刻までの不気味さは、すっかり消え失せていた。
『
『リーファへ引き渡す。戦災孤児として保護をする』
『彼女は
『幸い人類と容姿は変わらない。溶け込むのは楽だ。ひょっとして、君は、竜のいない
アズライトの腕の中の子供を、二人は温度差のある眼差しで見つめた。薄金色の髪の幼い女の子は、泣き疲れたように眠っていた。白くて小さな手は、濡れた画用紙を掴んでいる。
『無責任な優しさは、いずれ彼女を傷つけるでしょう』
『彼女は人類が勝手に恐怖を膨らませて巻き起こした戦争の、被害者だ』
画用紙を眺めていたL411の表情が僅かに歪んだ。そこには赤や黄色、青色や緑などの色とりどりの線が白い紙の上で踊っていた。その中心で、大中小の人の形をした物体と、緑色の翼の生えた丸い物体が仲良く手を繋いでいる。
『画像解析に回しますか』
『いや、僕が持っている。リーファに判断を仰ぐよ』
L411の口から何度も聞く名前に、アズライトは目を細めた。
『随分と彼女を信頼しているのですね』
『僕の信頼できる、唯一の人類だよ』
L411が、寂しげに笑う。
『……これで人類は、この星の支配者となる。文字通り、万物の霊長の名を取り戻したというわけだ』
優しげな眼差しに、底冷えのする光が宿っていた。
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