真実の欠片

  かつての広場を眺めながら、アズライトは物語の結末を告げた。


「最後の竜が死に、竜の民ホルフィスの抵抗は下火になってゆきました。信仰対象である竜の死は、反撃の機会を伺っていた竜の民ホルフィスにとっては大きな打撃となったようです」


 やがて、望みを奪われた竜の民ホルフィスは姿を隠した。最後の竜ホルシードと死んでいった仲間達の想いを抱え、生き延びるために。けれど旧人類は彼らを見逃さなかった。徹底的に行われた討滅作戦。戦争はたったの半年で二つの種族を絶滅させて終わった。


「……皆殺しよりも、竜の民ホルフィスを散り散りに別れさせるぐらいで良かったんじゃないのか?」


 一度旨味を知ると辛い生活に戻りたくないから自分が得たものを必死で守ろうとする奴が現れる。そういう奴を上手く焚きつけることが出来れば、都合の良い駒になるのをルークはよく知っていた。駒になれば、あとは都合よく使えって集団を散り散りにさせてしまえばいい。あとは適当に反目する噂を焚き付ければ、散り散りになった集団は力を合わせようとしなくなる。殺す必要なんてないのだ。


(当時の人達も知っていただろうに。どうして)

 

 ルークは、あっという表情を浮かべた。


(逆か。人類側が竜の民ホルフィスをばらばらにした後に、竜という象徴が倒されはじめたから、まとまってしまったんだ)


 解決能力の高い求心力ある存在がいたら、あるいは大儀名分があれば分裂した集団は団結する。以前よりも強固に。竜の民ホルフィスの場合は人が竜を殺し始めたから、自分達の本当の敵に気が付いた。だから人類側は竜の民ホルフィス同士の対立を煽れなくなった。思想統制を図る手段が潰えたのなら、やることは決まっている。ルークはそこまで考えて、深い溜息を吐いた。

 

芽吹くものホルシード竜の民ホルフィスも、容易く人間を殺せる力を持っていても、決して人へ危害を加えることなんてなかったから人は生きてこれたんだぞ」


 もしそうなら、彼らは最初から最後まで行動で示していたのではないだろうか。人への想いと、自分達の想いを。言葉も意思も通じ合えなくても、行動で理解してくれると信じて。


(なのに、人は最後まで理解しなかったんだな)


 祖先たちに対する怒りと落胆で心がいっぱいになっていた。そしてアズライトに対してもルークは憤っていた。命令されていたとはいえ、自らが竜と、竜の民ホルフィスの絶滅に関係していたというのに、どうしてここまで淡々と事実を語ることが出来るのだろう。


「竜や竜の民ホルフィスよりも種族をまるごと殺して、自分達の都合のいいように作り替える人類のほうが、よほど危険じゃないか」


 アズライトは何も言わなかった。押し黙ったまま風の音を聞くように目を閉じている。それが、無言の肯定であるように思えていた。


「……竜の民ホルフィスの子供は、どうなった?」


「リーファの手にゆだねられ、施設に移されるまでの間、私達と共にいました」


「一緒に?」


「そう、一緒に。かつてのこの広場で、よく遊びました」


 無表情で何を考えているのかさっぱりわからないアズライトが、小さな子供と一緒に散歩をしている様子が想像できず、ルークは困惑顔で尋ねた。


「人形の、お前がか?」


竜の民ホルフィスの外見は旧人類と変わりがありませんから、記録を改竄かいざんしてしまえば戦災孤児という名目で保護出来たのです。そして周囲を黙らせ、誤魔化しとおせる力を、リーファは持っていた。私については子供と面識があり、なおかつ拠点の防衛任務を主としていましたから、護衛と監視を兼ねるにはうってつけでした。でも、リーファの余計な計らいで、L411も介入するようになって……随分と騒々しい毎日を送るようになってしまいました」


 ふっと、アズライトが微かに口元を緩ませた。つられて、ルークも頬が緩んだ。


「随分な変わりものだったんだな、リーファもL411も」


 かつての人類に腹立ちを覚える反面、リーファとL411を好ましく思った。L411も人形のくせに人よりも人らしい心を持っている。


(この二人がそばに居たら、きっと竜の民ホルフィスの子供は、寂しくはなかったろう)


 だから竜の民ホルフィスの子供がリーファに引き取られたと聞いて、ルークはほんの少しだけ胸が楽になった。


「案外、その竜の民ホルフィスの子供が今の竜の民ホルフィスの先祖かもしれないな」


「ありえません。助けた竜の民ホルフィスは私達が出会った子供だけでしたので」


 暖まりかけた気持ちが、すっと、冷めてゆくのを感じた。


「じゃあウィゼルが言う竜の民ホルフィスってのは、一体何なんだ?」


 アズライトが双眸を閉じた。言い辛い事を言おうとしているような苦悩が表情に浮かんでいた。


「……竜の民ホルフィスの死骸から肉体の一部を採取し、細胞を培養してから旧人類と合成、旧人類式の価値観と歴史を植え付けた新しい種族。旧来の竜の民ホルフィスではありません」


「人と、竜の民ホルフィスを混ぜた?」


「旧人類は通常の成長では間に合わないほど数を減らしていましたので」


「戦争で?」


「いいえ、アリーと同じような症状で。多くの旧人類が命を落としたのです」


 冷や水でも浴びせかけられた時のような冷たい感覚が全身に広がり、頭を痺れさせた。自分を取り巻く世界の薄暗い闇。その正体を、アズライトは知っている。


(訊ねるべきだ)


 カッシート連合王国の、末裔として。

 アル・カマル皇国の、元皇子として。

 この世界に生きる、一人の人間として。

 

 人を死に至らしめる病であり、運良く病から生還した者達へ超常の力を授けるものの正体を。


とは、だ?」


「環境に適応するため身体の構造を造り替える際に引き起こされた急性的な。貴方の言う死の病は、病気ではありません」






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