水を読め

「補給の要、輜重しちゅうを叩きましょう。さすれば敵は、砂漠に阻まれ、進軍出来なくなる……その顔は、殿下も考えておりましたな?」


 頷こうとすると、ハリルが首を傾げた。


「補給隊はアル・リド王国軍の本隊よりも後方に展開している筈です。敵に最も守られた部分といっても良いそこを、どうやって叩くんですか」


「補給路を新たに作らせないようにする」


「後方の補給路がしっかりしていれば、殿下とモハメドさんの仰るやり方では不足が生じると思いますが」


 そうはならないと、ルークはきっぱりと否定した。


「あいつらは王国軍の全てを賄う食料を持っていないからな」


 ルークは旅の間で学んだことがある。携帯食料と水は、意外と重くかさばるのだということだ。重い荷物を背負うのに慣れているアルルですら、四人分の食糧を持って一日歩き続けると、疲労で歩みが止まってしまう。その倍以上の王国軍の荷物を運ぶ馬の歩みは、アルル以上に遅くなるだろう。なのに、王国軍はたった二月で北カムールのマガンまで進軍してきた。これが意味するところは、一つしかない。


「重い荷物を持っていないし、持ってこれないから、あいつらは行く先々で遊牧民ベドウィンと接触し、物資を受け取っているんだ」


 イスハークが襲撃された時のことを思い出していた。争いになる前、イブリースは氏族長の妻に、補給物資を恵んで欲しいと頼み込んでいた。


「でなければこんなに早くマガンまで来れないし、イスハークを襲う理由もない。そして、事実その通りだった」


「ともすれば、オアシスの道付近にいる遊牧民ベドウィンを先に逃がしてしまえばいい。そうすれば王国軍は進軍した先で食料を確保できなくなる……ということで宜しいか」


 その通りだと、ルークは頷いた。モハメドが、にこりとした。


「我らは砂漠の民ゆえ、この大地の歩き方を心得ておりますれば。しからば、平原の民が何を求めてどう動くのかも、想像するよりも易いこと。そこまで考えておられるのなら殿下、次は水にございます」


「水?」


「食料だけでは喉の渇きを癒せませぬ」


 モハメドはバラクから地図を借り受けると、ルークの前にさっと広げてみせた。そして、平べったい小石を手に取ると、マガンと書いてある場所に置いた。


「これが、我らといたしましょう」


 その下に、小さな小石を二つ置いた。一つは平べったい小石の隣。

 もう一つは少し離れたクヴェールと呼ばれる砂岩屈に置く。


「これが昼間我らと戦った、イブリース。そして、その下。クヴェールにあるのが王国軍の斥候せっこう部隊」


 モハメドは次々に小石を地図の上に置き始めた。そして、一通り置き終わるとちらりとルークを 一瞥いちべつした。


「……オアシスの近くに王国軍が配備されている」


「そう。しかも我が国にとって大事なオアシスの道に沿うように兵を配置しているのです」


 アル・リド王国国境から南カムールを通り、まっすぐ中央カムールを横切ってそのまま硝子谷へ向かう、ムトの道。

同じく南カムールを通り、西周りで硝子谷へ向かうサハル街道。

南カムールを経由せず、隣接するセーム首長国を経由し、北カムールを横切るジャバードの道。

そして、ルーク達のいるマガンを経由し、硝子谷へ向かうイマーム。その全ての道に王国軍を示す小石が置かれていた。


「敵は、水を求めております」


モハメドは、しかしと言継いだ。


「今は乾季ゆえ、この場所に必ずオアシスがあるとは言えますまい。実際は半分以上も無いでしょうな。それでもオアシスの道沿いに兵を配置してしまえば、水にありつける確率が上がる」


「水場は毎年変わるだろう。確率の問題でしかないぞ」


 だのに、王国軍はオアシスの道こそが進軍に相応しい道だと思い込んでいるように見えた。


「ええ。殿下の仰る通り、水場は毎年変わります。俺達が踏んづけている大地の下には無数の水脈があるんですけど、その水脈の水位は毎年、雨季に降る雨の量で変わるんです。雨が多ければ地下水脈の水位が上がって、大地の表面に出てきます。それがオアシスになるんですけど、その表面に出てきやすい所を、俺達は子供の頃から覚え込まされる。どの水脈がどの辺に顔を出すとか、地下水脈の位置とかオアシスの大きさとか。そういうのが頭に入っていれば、大体の位置を掴むのは目を瞑ってでも出来るようになります」


「……しかるに我ら砂の民は水を読む。平地の民には砂下の恵みはわかりますまい」


 そして、モハメドとハリルは表情を厳しくした。


「しかし厄介ですなぁ。敵に水脈の場所を理解しておるのがいるようだ」


「砂上戦闘が得意な奴が多かったのも引っかかりました」


「王国軍の中にカムールの遊牧民ベドウィンが混じっている可能性が高いわけか」


 ルークもまた、ひっかかっていた。敵がサクル結縄キープが結わえられていたのがどうにも腑に落ちなくて。ずっと地図を睨んでいたモハメドが、膝を叩いた。


「オアシスを潰しましょう」


 砂漠の民にとって貴重な水源を潰すという考えに至るのが信じられなくて、ルークはぎょっとした。


「オアシスだぞ。お前達の大事な水源だぞ?」


「いまも変わりなく我らにとって大切な水です。なに、全てではございません」


モハメドはオアシスの道の一つ、サハル街道を指した。


「サハル街道沿いのオアシスを潰しましょう」


「イマームではないのか?」


「王国軍を模した小石の数をごらんなさい」


 地図上に散らばった小石はそれぞれのオアシスの道に分散しているように思われた。しかし、よく見てみると数が微妙に違うのだ。イマームに配置された小石は三個。サハル街道に配置された小石は六個だった。そして小石と硝子谷の距離も、サハル街道の方が近く、イマームの方は遠い。


「敵は三つのオアシスの道を制圧しながら硝子谷へ向かってくるでしょう。三つに分かれているのは、主要なオアシスの道しか分からない為。今は斥候せっこうなどを放って主要なオアシスの道以外の水場を探しているはず。目処が立てばサルマン王子が率いる本隊がいずれかの道を通って硝子谷へ向かうでしょうな――――我らの意見をまとめると、今年のオアシスはサハル街道沿いが一番多く、ムトの道は水が無いという。加えて、昨今の情勢に危機感を抱いたセーム首長国は周辺の検問を厳しくしておることから、王国軍はジャバードの道をつかいませぬ」


「可能性が最も高いのは、サハル街道と、このイマームか」


 ルークの言葉に、モハメドは頷いた。


「真っ先に潰すべきは、サハル街道。しかし、イマームもほどほどに水場が残されておりますれば……ここはどうでしょう。二手に分かれて水を汚しにまいりませぬか?」




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