義姉を殺した日の事と、疑惑の法廷

 心当たりは、いまより一月ほど前にさかのぼる。

二千年以上の歴史を持ち、先史文明の遺産を今に引き継ぐ小さな砂漠の国、アル・カマル皇国。その城内で、一つの事件が起こった。


 アル・カマル皇国を統べる皇主カリフと第一皇妃の間に生まれた皇女イブティサームが、同じくスレイマンと第二皇妃の間に生まれた皇子ルシュディアークに殺されたのだった。


 皇子による、皇女の殺害である。

 先刻まで見ていたルシュディアークの夢が、まさにその時の光景にあたる。


 その後、イブティサームを殺したルシュディアークは身柄を取り押さえられ、実兄である第一皇子イダーフに議場へ呼び出された。


                  ※


衛兵に伴われて訪れたそこには、イダーフの他に一部の城の高官達がルシュディアークを待っていた。


「そなたを呼び出した理由、話さずとも分かるだろう?」


 一段高くなった議場の中心で椅子に座したイダーフが、剣呑けんのんな目つきでルシュディアークを見下ろしていた。父そっくりの顔には敵意が張り付いている。


「何故、義姉上あねうえを殺した」


「俺じゃない、俺は、殺していない!」


「では、お前でないとすれば誰が殺したのだろうな」


「知らん」


 ほう――――と、イダーフが目を細めると、ルシュディアークもまた睨み返した。血縁を示す紅い瞳が交錯する。


「知らぬはずはない。来るがよい」


 イダーフは議場の奥へ視線を巡らせると、何者かを手招いた。

兵士に伴われて議場の中心にやって来たのは、一人のくたびれた男だった。

おびえたように議場に集まる人々を見渡し、ルシュディアークを見つけて小さな悲鳴をあげた。


「火災の起きた部屋の一角を任されていた守衛だ。見覚えがあろう。守衛、発言を許す、べよ」


 おびえる男を兵士が小突いた。守衛の男は弱り切った眼差しでイダーフを見上げ、それからルシュディアークを一瞥いちべつすると、観念したように切り出した。


「お、おそれながら申し上げます」


 声を震わせながら、たどたどしい言葉で男は続けた。


「あの日は夜勤めの者と交代し、いつものように部屋の一角を巡回しておりました。昼過ぎに殿下とイブティサーム様が部屋に来られ、なにやら大切なお話をされておりました」


「大切な話とは?」


 男は、首を振った。


「高貴なるお方々のお話を盗み聞きする不敬など、とても……」


「ならば二人の他に不審な者は見なかったか」


「イブティサーム様より用を仰せつかり、すぐに持ち場を離れましたので、見ておりません」


 イダーフが片眉を上げた。何かを深く考えるそぶりをした後、男に続けろとうながした。


「用を終えて持ち場に戻ろうとした時でしょうか。何やら焦げ臭いような、金臭いような臭いがしたので、急いで殿下達のおられる部屋に戻りますと、赤い光が漂っていたのが見えました」


 静まり返っていた議場が、騒めいた。

 赤い光は災いの予兆だ。光を目にすれば死人が出ると言われている。その実態は、魔法クオリアが使われた際に出現する光だった。 

議場のざわめきを手で制すと、イダーフは言った。


「それは部屋の外でか、それとも部屋の中か」


「……イブティサーム様とルシュディアーク様のいたでございます」


「それはおかしい! 赤い光が出現したのは火がおこった後だ。火がおこる前に赤い光など見なかったし、第一俺はそこの守衛の姿も見ていない!」


「そなたの発言を許した覚えはない。しばし黙るがよい」


「黙らん! 兄上、俺の話を聞いてくれ!」


「黙れ。弁明の機会ならばあとでいくらでもくれてやる。守衛、証言を続けよ」


 睨みあう二人を恐れるように眺め、守衛は震えながら口を開いた。


「……私は、確かに見たのです。部屋の中で、まるで赤い光に守られるように炎の只中で立っている殿下の御姿を。あれこそ殿下が魔法クオリアをお使いになり、イブティサーム様の御命おいのちを奪った証拠ではないかと。いえ、きっとそうに違いありません!」


 伺うような視線と、うたぐる視線がルシュディアークに注がれた。


「……そなた、何時の間にになった?」


魔法クオリアは、死の病から生きて帰った者のみが使える魔性のわざ。俺は死の病にかかったこともなければ、魔法クオリアを使った記憶も無い」


 死の病とは、魔という善くないものに魅入られた事によってかかる病だ。

その正体は、人と神が共存していた太古の時代、人と神によって倒された魔王ワーリスの怨念であると言われている。

この魔に目をつけられた者は、病にかかると、生死の狭間で魔に契約を持ちかけられるのだという。


”このまま魂と肉体を奪われて死ぬのが良いか。それとも生きながらえたいか?”


 死を望んだ者はそのまま魂を魔に喰われて命を落とすが、生を望む者は魂と肉体を担保にとして蘇る。その代わり、魔はわざを授ける。

それが、魔法クオリアだ。

その事をルシュディアークも、イダーフも知っている。もちろん、この議場に居る者で知らぬ者は居なかった。

だからこそ、ルシュディアークは声を張り上げて主張する。


「守衛の証言は証拠としては不十分だ。守衛は赤い光と炎に包まれた部屋しか見ていない。俺が魔法クオリアを使ってイブティサームを殺したところなど見ていないのだ。これの何処が証言足り得るのか!?」


「しかしあの部屋には義姉上あねうえとそなたしかいなかったという。赤い光は魔法クオリアを使った際に出現する光。術者が傍におらねば輝くこともない。これだけの証拠があって未だに違うと言うのなら、違うという証明をしてみせよ」


 イダーフの厳しい言葉に、ルシュディアークは唇をぎゅっと噛みしめ、うつむいた。

 

「……無い」


 ため息とともに悔しさを滲ませることしかできなかった。

 この聴取ちょうしゅの後、ルシュディアークはひっそりと城の一角へ幽閉されることとなる。






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