第七章 黄昏の王城
群がる虫たちに甘露を
アル・リド王国からの宣戦布告状を持った使者が皇都ザハグリムにある城を訪れたのは、ルークが青の都を発って
「アル・リド王国ガリエヌスより布告状をお持ちいたしました」
「
使者から差し出された文を大臣を通じて受け取ると、イダーフは面白くもなさそうにぼそりと吐き捨てた。
「馬鹿が、目と鼻の先にいたとは」
返答の文を持たせた使者が帰った後、イダーフは大臣達を下がらせ居室に
その話を耳にしたカダーシュは、自らの居室で従者のカリムに呆然と呟いた。
「戦争になるかもしれないと気をもんでいましたが、いざとなるとあっけないものですね。王国へ差し向けた使者は、どうなったでしょうか」
「あまり考えたくない事ではありますが、恐らくはもう……」
生きてはいないだろう。そういった意味合いを感じさせる響きに、カダーシュは顔を曇らせた。イダーフが宣戦布告状を受け取り、使者に返答を預けた時点で戦いに応じる意志があることを示してしまった。
(もう、後戻りできないんだ)
いま、アル・カマル皇国軍の頭脳ともいえる東守と、国の重要な決め事を定める元老院は軍議の真っ最中だ。王宮内の派閥争いにかまけていた者達ばかりだったから、今頃は上に下にと大慌てに違いない。
王宮内の対立は、イダーフとカダーシュを筆頭に、さらに溝が深まる筈だった。しかし、それこそが対立を煽る二皇子の仕掛けた罠でもあった。
カダーシュは
それからカダーシュはジャーファルと手を組み、皇位継承に名乗りを上げる。ジャーファルはカダーシュの後見を公に宣言すると、あっという間に元老院の有力者たちをまとめ、一つの小さな派閥を作り上げた。その中に、他国と手を結んでいるのではと噂される者達が幾人も混ざっていた。あまりの早業に、カダーシュですらも思わず目を剥いた。けれどジャーファルは、
「やっていることはみな、後ろ暗いことをしていた者達ばかりですので。甘い条件をちらつかせてやれば蜜に群がる羽虫のように寄ってくるのです」
憎たらしいほど涼しい表情で言ってのけた。
カダーシュはこれ幸いに外面の良さを装い、わざと彼らの好む話を口にし好感を買った。更にイダーフへ嫌味を言う演技までして皇位継承を争っている様相を演出する。
滞りのない計画のはずだった。他国との繋がりを持つ者を城から追い出すなど、ものの数カ月で終わる。そう、思っていた。
しかし、アル・リド王国からの宣戦布告により水が入ってしまった。
そのせいで両皇子の権力闘争は一旦保留となり、対立はなりを潜めた。けれど意を介さぬ者は未だに多くいて。今日も
座卓に広げた書の束に目を落としながら、カダーシュは飲みかけのラダを飲み干した。
いま、カダーシュが目を落としている文は、ルシュディアークがイブティサームを殺したときの調書だ。そして火災当時の証言と焼失した部屋の調書。これらすべてが簡潔に、時系列順で書き記されている。文頭が最終頁まできっちりと
「調書はこれで全部でしょうか」
「はい。ダルウィーシュ様からは、これが全てだと」
それから。小さな紙片を渡され、カダーシュはそれに目を落とした。
”ルシュディアーク様を知る方は、
告解とは、神への
(そこで、誰かが待っている)
誰だろうと頭を巡らせる。自分や義兄以外でルシュディアークを知る人物とは。知るというからには会話した程度ではない。もっと深く結びついた、例えば、幾度ともなく交流した者。となれば皇族以外に誰かいるだろうか。ルシュディアークの派閥にいた者達の顔を思い浮かべながら、カダーシュは己の従者に視線をやった。
「夕刻、
紙片をカリムへ渡すと、礼をしてから部屋を出てゆく。その後姿を眺め、やがて興味を失ったかのように文に目を戻した。
調書にはこう書かれていた。
”三の月の昼間、北の小部屋にて火災発生。駆けつけるとルシュディアーク第二皇子殿下がおられた。殿下は赤い光に包まれ、火傷もせぬ状態で佇んでおられた。私は殿下を保護しようと部屋から共に出たが、炎は部屋を出た途端、すぐに消えてしまった。火災による他の部屋への延焼は無し。部屋の中にあった調度の全ては炭となり原型を残していなかった。部屋の中心にて一人の遺体を発見する。”
(イブティサームだ)
自然と唇を噛んでいた。貪るように文の続きに目をやる。
”遺体の損壊が酷く、性別の判別もつかぬ有様であったが、身に着けていたサルマン王子殿下から戴いた瑠璃の指輪でイブティサーム様であると断定。その日の午後、イダーフ様がルシュディアーク様を呼び止め、議場にて事の次第を伺った。守衛の証言は先述の通りである。しかし、一つだけ異なることをルシュディアーク様がご指摘なされた。”
(炎が起こってから、部屋の中に赤い光が現れた)
赤い光と言うものは、
(ルシュディアークの義兄上の証言と、守衛の証言が食い違っている)
その日の午後、ルシュディアーク様は西守によって西の塔の一角へ移された。
(西の塔は、重大な刑罰を犯した者達が預けられる場所だ)
黙秘を行う者は情け
(そして一月後、四の月に処刑される)
調書を閉じた。その時の話を、いまは見たくなかった。
カダーシュは静かに立ち上がり、窓の外を眺めた。夕刻に近づいているのか、空はうっすらと橙色が
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