竜笛の音は、かつての言葉
「アルルを見たのは、いつ?」
「昨日の夕方。あの岩の下にいた」
真正面に見える尖塔のような岩を指し示した。山々と同じ
「まるで大きな鳥の巣ね」
「
ここに来た時からずっと、胸の奥で痺れるような痛みが続いている。具体的な肉体の痛みというよりは、ずっと
二人の前方にアズライトがいる。馬を歩かせては立ち止まり、荒れた大地を眺めては再び手綱を引いて歩きはじめた。アズライトは目に見えない足跡をたやすく見つけることが出来るらしい。時間はかかるけれど笛を吹きながら闇雲にアルルを探すよりは効率の良いやり方であるし、なにより怪我の癒えていないウィゼルの体力を消耗しなくて良い。そう提案されてしまえば、異論などあろうはずがなく。かくしてアズライトの先導でアルルを探すこととなったわけなのだが。徐々に遠くなってゆく後姿を追いながら、ルークはウィゼルへ囁いた。
「……その、悪かったと思う。アリーが魔族だと知らせていたら、こんな事にはならなかった」
「自分じゃあ、どうしようもないことに責任を感じるんじゃないの」
俯いたルークに、ウィゼルは朗らかな声をかけた。
「アリーが
私だって遊戯の方だと思ったくらいだものと、ウィゼルは苦笑した。白い
「……そんなことを気にできるほど、ルークにも余裕が無かったんでしょう」
「それは……」
「わかるわよ、聞かなくても。イスマイーラやアズライトと、何かあったんでしょ」
「何もない」
「嘘。イスマイーラと話をしている時からずっと、苦しいことを我慢しているような表情をしてた。アズライトに対してもそう。出会った頃よりぎこちないし、よそよそしいわ。だからなんとなく分かるのよ。ああ、何かあったなって。ルークって、自分の本音や感情を必死で隠そうとするよね……どうして?」
「さてな」
はぐらかすしかなかった。自分自身の目的と役割。そして自分の最期が、
「ねえ、もう皇族でも何でもないじゃない。お城にだっていないんだもの、ちょっとくらい本音を吐き出しても誰も怒らないわよ。なんだか最近のルークを見ていると、一人で何もかも背負い込んでいるようで、ちょっと見ていられないわ」
ルークは苦い表情で口を閉ざした。背負うものや、抑えつけるものが大きくなるほど吐き出せなくなっているのは自覚している。誰に話しても決して楽になれないからこそ、本心を明かしたいとは思えないのだ。
先行していたアズライトに追いついた瞬間、地面ばかりを眺めていたアズライトが弾かれたように顔を上げた。視線は岩の尖塔が乱立するその先に。
「来ます」
猛獣同士が争うような、恐ろしげな
砂煙から飛び出した影は、アルルの横をすり抜けると、あざ笑うように上空へ舞い上がった。牙の届かない天空へ、高く、高く。
(
ルークは魅入られるように
「アルルは随分と機嫌が悪そうだな?」
あんな状態で
「……大丈夫か?」
「だい、大丈夫!」
顔を真っ赤に染めたウィゼルに首を傾げ、やがてアルルと
(アルルがいう事をいくのなら鳥の一羽くらいくれてやっても良いと思っていたが)
鳥が
「餌を投げたら、アルルは大人しくなるか?」
「なるわけないでしょ。干し肉より、生肉の方が
遥かな高みへ昇った鳥へ、アルルが
「参ったな。あれは、食べ物じゃないってことを奴に教えてやれないか」
「無理」
「そこを何とか頼む。
(もしかしたら、あの紐はカムールの
絶対そうだとは言い切れない。けれど、無視できなかった。首飾りのようにぶら下がった三種類の笛をいじりながら、ウィゼルが
「アル・カマルでも鳥に手紙を括りつけるのね。でも
「出来ないから、
ウィゼルが問い返すような気配を感じ、ルークは言葉を続けた。
「家畜や税、氏族などの管理のために、昔から各氏族長が領主向けに使ってきた言葉でな。縄の色や、長さ、結び方、結び目同士の間隔で、自分達がどういう氏族で、どういう税を払ったかを報告するんだ。縄を受け取った側は、解読して言葉に直してパピルスに記録する。カムール地方は広いから誰かが一々領主の所に出向いて報告するより、鳥に結び付けて飛ばす方が速いんだ。それにカマル語の読み書きが出来なくても、
ある
「でも、それって相手に大事な情報を見せびらかしているようなものじゃない?」
「鳥が射落とされないかぎり
腕の中でウィゼルが、むっとする気配を感じた。
「そりゃ、
「……止めてくれ」
(ずっとこの調子なら、
少しずつ、飛ぶ速さも、高さも落ちてきている。二匹の獣を一瞥し、ルークは迷わずボラクの腹を蹴った。ボラクが、ゆっくりと駆け出す。
「アルルの側面に回り込む。
「私を誰だと思ってるの。
「……期待している」
ふひゅる。
間抜けな笛の音は、ウィゼルからの返答だった。改めて確認するまでも無かったかと、ルークは覚悟を決めたように口元を引き結ぶ。二人を乗せたボラクが、駆けだした。ウィゼルが竜笛を咥えたまま、二匹の獣へ顔を向けた。笛から、
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