戦野の中
恐ろしい竜の
ばらばらと散っていった軍勢の端が、数十人で寄り集まり、矢を射かけ始めている。礫のように降り注ぐ矢を掻い潜りながら、カムールの騎兵達が左右に分かれた。両腕で抱きかかえるような形の陣を作り突撃する。
悲鳴と礫の轟音がルークの全身を震わせた。砂煙が立ち昇り、彼らの姿を黄土色の幕で覆っている。視界の端でウィゼルがアルルと共に遠ざかっていくのを見送ると、ハリルを仰いだ。
「誘き寄せてから包囲しよう」
「タウルが感情に任せて飛び込んできてくれたら願ったり叶ったりなんですがね」
「かならず、来る」
たとえ一人きりになったとしても、タウルは絶対に現れるだろう。そこが狙いだった。感情に任せて飛び出してきたところを、包囲して一斉に叩く。
(その時に、情報を吐かせるために何人かは生かして捕まえておかなければ)
ハリルが頷くと、旗を掲げた男へ振り返った。矢を持った手を四回振り、宙で円を描く。別命あるまで戦闘維持。それに応えるように、旗が二回。間を置いて三回振られる。命令は速やかに太鼓の音と共に前線へ送られる。衝突し合う軍勢の中心で旗を振っていた男が落馬した。首に矢を受けたのだった。濃い色の吐瀉物をぶちまけてひっくり返る男の姿に、ルークは凍りついた。手が、足が震えた。隣りにいるハリルに悟られまいと息をゆっくりと吸い込み、吐き出す。血生臭さが、身体の内側をじわじわと巡る。これから見る光景は全て、自分自身が招いたものだ。目を逸らしてはいけない。ゆっくりと目を開けると、ハリルが戦場を睨んでいた。
「タウルが見当たりません。真っ先に殿下を殺しに来ていてもおかしくないのに」
ルークは激しく戦っている部隊の方へ視線を巡らせた。分厚い布を胴体に巻いた男達がカムールの騎兵と戦っている。傍から見ても兵士と言うよりは、野盗のような貧相な装備で。彼らは弓矢や小石を礫のように投げつけると、ぱっと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。それをカムールの騎兵が追いかける。そして追いつかれると、また散り尻になって逃げ始める。それを何度も繰り返していた。まるで子供が喧嘩を吹っかけているような動きに、ハリルもまた眉をしかめた。
「矢でも尽きましたかね」
探るような声色に、ルークは目を細めた。
「……ハリル、タウルの軍勢は、本当にこれだけか?」
ハリルが、首を傾げた。
「どういう意味です?」
「襲撃された時よりも、人数が少ない気がする」
ルークは、眉をしかめた。
「タウルへ放った追跡者は、全員で何人だと報告していた?」
「それはどういう」
不信そうな表情で訊ね返したハリルの表情が、みるみるうちに青ざめた。
「……まさか!」
はっとしたように先頭へ目をやった。騎兵達に、新たな集団が襲いかかっていた。岩の影から不意を突くような形で武装した男達が飛び出してゆく。
「 おびき出されたのは、俺達のほうだ!」
大岩の影に本隊が控えていた。それも、十や二十ではない。小山のような黒い人だかりが一斉に弓矢を放ち、槍を持った男達へ襲いかかっている。騎兵達の怒号が、あっという間に悲鳴に変わった。血の気の失せたルークに、ハリルは鋭い声で言い放った。
「このまま押し切ります」
継戦を。その言葉に、ルークはぎょっとした。
「ここで敵に背を向けたら、持ち直せなくなります。そうなれば、一気に俺達の形勢は崩れ、あいつらの良いように攻撃されるでしょう」
「しかし」
「見てください、あの一角を」
ばらばらと散らばった騎兵達が徐々に集まり、大岩を囲うように包囲をし始めていた。大岩の下で戦っている者達は、それに気が付いていない。
「中心で戦っている騎兵が囮になってくれている。その分、怪我人が出るでしょう。でも、形勢は維持できる。逃げるよりも遥かに少ない怪我人で勝つことが出来ますよ、殿下」
友としての甘えやおもねりの一切を排し、現実だけを突きつけた厳しい顔つきに言葉を失った。傍らで控えていた男達へ、ハリルはてきぱきと指示を出していった。すぐさま
「俺はね、アクタルから南カムールの部隊を任されているんです。戦わず背を向けたまま逃げたなんて、俺なんかに部隊を任せてくれたアクタルに顔向けできやしません。そんな不名誉、南カムールの奴らも納得しないでしょう。それに、あいつらはアクタルの仇でもあるんです。どんなに不利でも、どんなに混乱しても、仇に背を向けちゃあ、心が苦しくなるばかりだ」
「お前がそんなにアクタルのことを想っていたとは、知らなかった」
「北と南で争ってましたし、俺の親父とアクタルは仲が悪いので有名でしたからね。息子の俺もアクタルを嫌っていると思われても仕方ありませんが……少なくとも俺自身は、アクタルが嫌いではありませんでした」
それよりも。ハリルは去ってゆくもう一つの影を指さした。アズライトが馬を駆って二人の男達の後を追いかけている。それを
「彼女、行っちゃいましたけど?」
「かまうな。それよりも、こちらが問題なんじゃないのか」
ルークは真剣な表情で戦場を見渡した。騎兵たちによる新たな包囲は終わっていた。矢を
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