決断の先へ
あいつは、いつ頃から心に決めていたのだろうか。
カムールを訪れたときか。
いいや。
ハリルと合流した時からだろうか。
そうかもしれない。
”ここからは、自分で歩きなさい。道ならば示しましょう。”
あの時、そう言われた気がした。貴方の答えをもう一度聞きたい。もう一度、後悔しないために問わせて欲しいと問いかけられたときのことを思い出して、ルークはその中に二つの意味が含まれていることに改めて気が付いた。
一つはルークの決意が変わらぬものであることの確認。
一つは、
きっと、ここに来るまでにイスマイーラもまた、ルークと同じように悩んでいたのだろう。ルークの想いを知っているがゆえに、相談することもためらったに違いない。
「下手な芝居をする」
胸に迫りくる大きな衝撃に耐え切れず、ルークは目を
「ハリル、うるさい」
「だっ……あんた首っ、首斬られて!」
「みぞおちを殴られて、血をなすりつけられただけだ。斬られてはいない」
イスマイーラがルークの腹に一発入れたのは、ルークが追いすがるのを止めるため。首に血をなすりつけたのは、ルークの死を演出するため。その理由は、至極単純なものだ。
敵をカムールの騎兵隊から離すこと。
いま、タウル達の部隊はカムールの騎兵隊の真後ろに迫っている。このままでは水脈潰しを撒いて罠を仕掛けるどころか、戦いになってしまうに違いない。そうなれば罠などしかけている余裕すらなく、いたずらに死傷者が出る。そこでイスマイーラは一計を案じたのだろう。イスマイーラは騎兵の頭であるルークに怪我をさせ、戦えない状態に陥らせることで敵に戦い続ける力が無くなったと錯覚を起こさせた。頭を失った集団は自然と瓦解するから、敵は油断をして目を離す。散り散りになった敵よりも、集団でやってくる新たな騎兵や皇国軍の方に目を向ける。
しかしルークはまだ、生きている。敵はルークが死んだと思い込んでいる。いまだと思った。この時なのだと。イスマイーラが示した先に、光の道が見えた気がした。
(だからこその、この芝居。)
目を白黒させながら必死で事態の把握に努めているハリルへ、まくし立てるように訊ねた。
「敵は、ユベール達はどうした」
「殿下が斬られた後、真っ青になって逃げていきました。追いましょう、今なら間に合うかも」
ルークは握りしめていた砂を投げると、未だに痛む腹を抱えて起き上がった。
「早急にここを発つ」
意図を把握しきれず、ハリルはとっさに何も言い出せなかった。その彼を睨んだ。
「次の水脈に向かう。到着したのち、直ぐに毒を放れ。放ったら直ぐに次の水脈へ向かう。これを日が落ちるまで続け、ナルセの丘に続く細道へ向かう。できるな?」
「……いきなりどうしたんです?」
「
分からないと首を振ったハリルに、ルークは続けた。
「兵士がよく使う隠語だ。
首になすりつけられた血を拭うと、痛む腹を抱えながら歩き始めた。
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