意識
天幕の片隅で、ウィゼルはルークを見つけた。
肩に
(怪我人は大人しく寝ていろとか言ったくせに、自分はどうなのよ……)
タウル達による襲撃の後、更に一波乱あったのをよく知っているウィゼルは、眉をつり上げた。気絶する前に、ルークが叫んだ言葉が原因だった。
アル・カマル皇国第二皇子ルシュディアーク。
彼の放った言葉は、混乱するイスハークの人々を更に混乱させた。
(あのとき、どれほど大変だったか……!)
襲撃の後、ウィゼルは真偽を確かめようとした人々に取り囲まれた。間の悪いことに一番事情を知っているイスマイーラは怪我の手当てで忙しく。アズライトについては問題外。他にあてになりそうな人はおらず、結局、ウィゼルが場を収めることになったのだが。その大変さといったらなかった。人々が事情を言いたいことを口々にまくし立てるせいで、場をとりなそうとしたアリーすら匙を投げるような有様だったのだったから。
文句を言ってやろうかとルークを睨み、やがて肩を下した。
ルークが包帯だらけの腕に
「なんで俺のところに戻ってくるんだ」
ルークの肩に止まった
「もしかして、道を忘れたのか?」
しかたのないやつだと笑みながら、ルークは
(あんな
いつも気難しい表情で偉そうなことばかりを吐き出すルークが、いまは朗らかな笑顔を浮かべている。いままでそんな明け透けな表情をすることの無かった、彼が。ふと、アルルを探しに行った時のことを思い出して、ウィゼルは顔を赤らめた。
(なんでこういう時に、思いだすかな……)
二人でボラクに乗った時、ウィゼルの腰に回されていたルークの腕の感触。頼りなさそうな腕にみえたけれど、本当は、意外なほど力強い腕だった。背中越しに感じた薄い胸板も、手から伝わる体温も。
他人に触れられることに慣れていなかったウィゼルの内心は、それはもう酷い有様で。更に耳元で囁かれてしまっては参ってしまう。もっとも、囁かれた言葉は、愛とは無縁だったけれど。あのときのルークのぬくもりを生々しいほどに思い出してしまい、ウィゼルは慌てて顔を振った。
(べつに、気になるとかそういう事なんてこれっぽっちも思ってないのに)
全く意識をしないわけには、いかなくなってしまった。
(駄目よ、相手は皇子じゃない。元、だけど!)
「……珍しいでしょう?」
「べべべべべつに、変なこと考えてないわよ」
「変?」
イスマイーラが、ぽかんと口を開けていた。顔が熱い。
「……何でもない」
今にも消え入りそうな声で言って顔を背けると、苦笑する気配がした。彼もまた、ウィゼルと同じようにルークをみつめていたらしい。小さく息を吐くと、また、ルークの方へ顔を向けた。
「私も少し驚いています。前からあのように笑う方ではありませんでしたから」
「いままで、誰にも心を許せなかったのよ」
”皇族であるがゆえに個人ではなく、公人として立ち振る舞わなければならない。”
前にルークが皇子らしくいなければいけないと言っていたのを思い出して、ウィゼルは少しだけ胸が痛んだ。普段軽口を言い合っていても、内心の情は決して明かすことが無かったのは、このためだ。
「ルークはずっと、ルシュディアークだったんだわ」
「本人もそう仰っておられた」
「もう皇子じゃないのに、ね」
ルークとして生きたらいいのに、彼はまだ、第二皇子ルシュディアークのつもりで生きている。廃嫡されたというのに何故、まだしがみつこうとするのだろう。隣国との戦争が迫っているせいか。それとも、ルークの生い立ちと立場が、容易には使命を捨てさせないのか。ウィゼルにはルークの本心が分からなかった。分からないがゆえに理解したかった。何故、そうまでして自分一人で背負い込もうとするのか。その答えを知るような顔つきで、イスマイーラは言った。
「ルークはこれからも、ルシュディアークとして生きてゆくと仰られていました」
「まさか」
「今夜、ウィゼルに話があるそうですよ。ルーク―――いえ、殿下のいう事を、きちんと聞いてもらえませんか」
覚悟ともとれる言葉が重くて、ウィゼルは気落ちしたように頷いた。
「……お願いされなくても分かってるわよ、そんなこと」
分かっているのに、受け止められない自分がいた。イスマイーラにはっきりと言われなくても、いつかは別れるのだって覚悟していたのに。
(でも、どうしてこんなに哀しいんだろう)
一際楽しげな笑い声から逃げるように、ウィゼルはルークに背を向けた。
当サイトに掲載されている写真、イラスト、文章の著作権は早瀬史啓に帰属します。無断での複製・製造・使用を全面的に禁止します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます