藍銅鉱の目覚め

 ルークは足元に転がっている腐敗した手首と、その手が握っている物を一瞥すると、苦い表情で言った。


を、権力者達おれたちは必死に隠している」


 死者が握る剣には、アル・カマル皇国軍の紋章が刻まれていた。刀身は半ばから折れ、湿気のせいで錆びついている。誰かが最近まで守っていたあかしだった。


「この国にはこういう遺物が沢山あってな。知っているか?」


 ああ、その表情かおは、知らないな?

 ならば教えてやろう、この国の隠された真実かおを。

 ルークは静かに言の葉を紡ぐ。幼子にお伽噺アルフィラでも語って聞かせるように。


「氷漬けにされた絶滅動物。用途の分からない道具。光の中で動く肖像画に、勝手に動きだす扉や部屋。今の技術では作れない兵器……この国の大地には不思議なものが眠っている。それらは全部重要なを抱えているんだ」


「秘密?」


「我が国が証だ。といっても、我が国の前の王国時代だが。その王国は、伝承上に語られる古の戦争に加担していた」


「古代の……たしか、私も里長から教えてもらったわ。大昔、世界を二分した大戦争があったって」


 そのことだと、ルークは言った。


「エル・ヴィエーラ聖王国の近辺に存在していた古代王国ティカルと、北方の大陸に存在していたワリス帝国が引き起こした戦争があった。戦禍は長引くにつれ大きくなり、二つの国の同盟諸国まで巻き込んで世界を二分するような大戦争にまで至った。しかし、突如として戦争は終わる。その切っ掛けが我が国の鉄女神マルドゥークだったんだ」


鉄女神マルドゥークって、神話に登場する神様でしょう。人に文明を授けた人の守護神って聞いているけど」


「神話では双子の太陽神ホルシードの片割れから生まれ、カマルの神に育てられた人間の守護神といわれている。でも、さっき俺が言った鉄女神マルドゥークは違う。遥かなる昔に世界へ災禍を招いた鉄女神マルドゥークの方だ」


 問い訊ねる気配を感じながら、ルークは続けた。


「女神の名を冠したそれは、をもって戦争を解決させたんだ。それが今でも、我が国の天空に座している。敵を討ち滅ぼせという、主からの命令を待ちながら」


 ウィゼルが息を飲んだ。


「ねえ、鉄女神マルドゥークって、何なの?」


「肝心の正体は書物に残されてなくてな。鉄女神マルドゥークがもたらした調書物に書かれてあるだけなんだ。多分、他人や他国に知られては不味いものだったから書いていないんだと思う」


 ふっと、ルークは薄く笑った。


「文明を滅したのだから、きっと相当凶悪なものだとおもうぞ」


 ルークは、こつんと、ひび割れた硝子の棺を叩いた。


「文明を一度焼却した国が我が国の前身となれば、その末裔である我が国は、なんとしてでもこのを隠さねばならない。未来永劫、永久に。だから権力者おれたちは必死で隠していた。こうやって、生まれつき口のきけない兵を募り、遺跡の守りに配した。なのに、何者かに暴かれてしまったらしいな。これだけ見事に全滅させられた上に遺物まで破壊するとは恐れ入る。まるで、とでも言いたげじゃないか」


『――――Voiceprint confirmation.....recognition』


 ルークの声に、耳慣れない声が重なった。蚊の鳴くような女声が、続ける。


『...........Application.Restart』


 その言葉は、ルークが日常的に使うカマル語でも、耳馴染みのあるエル・ヴィエーラの言葉とも違う。カッシート連合王国時代に使われていた古代言語に似ていた。微かな振動と、鼠が木をかじるような音が響く。それは、柩から聞こえていた。ルークは弾かれたように柩から手を放し、剣の柄に手を伸ばした。開くことは無いと思われた柩の蓋が、ゆっくりと動いていた。青白く、細い女の腕が柩の蓋を内側から押し上げている。

人形とは思えないほど滑らかな動作で、それは起き上がった。

は、成人の女だった。青白い光に照らされた人形の髪は長く、前髪と後ろ髪の判別すらつかない。華奢ながら煽情的な肢体がまとう服は、ルークが見たことも無いもので出来ていた。人形が煩わしそうに起き上がり、覆面に手をかける。下から現れたのは、濁った金色の瞳。

人形が一番初めに表わしたのは、ルークへの驚きであった。

顔色を失くした二人は鋭い声で囁き合った。

 

「逃げるぞ」


「待ってこの言葉……話せるかも」


「馬鹿なことを考えるな。相手は古代の人形だぞ!?」


「人形の言葉が竜の民ホルフィスの古語に似ているのよ。なら、試してみるのも悪くないんじゃない?」


ウィゼルは挑むように人形を睨んだ。


「無茶かもしれないけど、やってみる価値はある―――――ねぇ、竜の民ホルフィスの言葉が分かるのなら、応えて』


『The dragon people should have died……』


 信じられないものを見るかのように、人形が目を瞬かせる。

 二人は信じられないものを見るような顔つきで互いに顔を見合わせた。ルークは驚きに顔を輝かせ、ウィゼルは顔を曇らせて。


「人形が喋った!」


「うるさい、黙って!」


『Why are you not dead?』


 ウィゼルは人形の放った言葉を理解するやいなや、怒りに頬を紅潮させ、何事かを叫んだ。ルークの視線に気づいたウィゼルが苦い表情を浮かべ、カマル語を漏らした。


竜の民ホルフィスは、滅びている?」


 その言葉に、ルークは耳を疑った。ウィゼルの聞き間違いを疑いかけ、直ぐに否定した。滅びを表す言葉の意味が、沢山あることに気付いたからだった。


「それはとしてか。それとも、としてか」


 どちらかで意味合いが全く異なる。どちらか。問い訪ねたウィゼルの顔に張り付いていたものは、興味というよりは露骨な嫌悪の情。


「とにかく、落ち着け」


「なんで死んでいないのかなんて言われて落ち着けるわけないでしょう!」


 聴けばあまりにも酷い言葉に、溜息が漏れた。


「酷い言われようだな」


「酷いもへったくれもないわ!」


「……また、妙なものを」


 聞き覚えのある声に振り向くと、怯えきったアルルの後ろで、松明を掲げたイスマイーラが呆れたような視線を三人へ向けていた。


「……俺のせいじゃないからな」


「存じています。そちらの女性は?」


 イスマイーラの真意を察し、ルークはばつが悪そうに顔を顰めた。


「……神の尖兵だ」


「真面目にお答えください」


 大真面目に答えたルークに、イスマイーラの白い視線が突き刺さった。





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