忠臣か佞臣か

「マルズィエフ、芝居はするな」


 マルズィエフを睨んだ。相も変わらず、マルズィエフは困り顔を浮かべている。けれどその目の奥に。彼の抱く感情の一端がみえていた。自身の勘繰りは、どうやら間違っていなかったらしい。


「なにか、勘違いをなされておられるご様子」


「お前が部屋を出て行った後、かんぬきをかけたのは俺の勘違いだったのか?」


 マルズィエフの表情が歪んだ。


「……苦渋の決断でございます」


「苦渋?」


「左様にございます。殿下は既に、皇子たる立場ではない。魔族となり、権力も富も、いずれは得るはずだった名声も今やございません。その上剣も破壊された殿下が、わざわざ国境に出向かれて一体何が出来ましょう。それが分かっていながら、まだ説得に向かわれるなどと気の触れたことを申し上げている。おめするのが臣下の務めでございますれば」


「俺は気など触れていない。分からないのか、マルズィエフ。アル・リドはもう、我が国に兵を出しているんだぞ?」


「それならば殿下の兄君に任せておけば宜しいと申し上げております。いずれ殿下の兄君が良いように図らってくれるでしょう」


「いまでなくては意味が無い!」


 どうしてマルズィエフは分かろうとしないのか。いや、分かっていながら敢えて止めているのか。


「お前は、我が国が滅ぶまで俺に屋敷で大人しくしていろと言いたいのか!?」


「いいえ殿下、期をみるのでございます。殿下が仰られている事は殿下にというものが有られればこそ効力を発揮するもの。失礼ながら今の殿下にはそれが無い。皇子ですらない今の殿下に何が出来ましょう」


「出来る!」


「出来ぬのです。乞食ワキルが兵を率いるなど不可能であるように、今の殿下が兵を率いることは出来ぬのです。もしできたとしても、後にただされましょう」


 ルークは悔しがるように歯を噛みしめた。マルズィエフの言葉が反論の余地がないほど正しかったからだ。


「殿下がやりたいようになさりたいのであれば、まず、殿下のお立場を取り戻すことでございます。私には、それが出来る。殿下の罪も、汚名も、お立場もたちどころに取り戻してみせましょう。お望みの兵をお貸しすることもやぶさかではございません」


「では俺が皇子の立場を取り戻すまでにどれほどの時間がかかる?」


 一日、二日ではないだろう。早くて数年の時。遅くて――――いいや、その日など来やしないに違いない。


「既にアル・リドは我が国への侵攻を進めている。俺の皇籍を取り戻すための話し合いができる余地がない。もう国境に隣接するカムール砂漠はもちろん、我が国で最も頑強な要塞のある硝子谷などは堕とされているかもしれないんだぞ。もしかしたら、ザハグリムの目前にまで迫っているかもしれない。そうなったら、何もかもが手遅れなんだ。そうなる前に手を打たなくてはならない。俺の立場などよりも先にだ!」


 ぐっと、口を噤んだマルズィエフをルークは睨んだ。


「お前にはあるのか、こうなるよりも先に俺の皇籍を取り戻し、隣国の侵攻を止めるための策が。いやあるはずがないな?」


 臣下が廃嫡された皇子の名誉を取り戻し、あまつさえ隣国の侵攻を止めるなどという都合の良いことなど。もし、それを可能とする者がいるのなら、それは今は亡き父、スレイマンしかいない。


「わざわざ無駄な労力を払って、廃嫡された皇子など担ぎ上げても骨が折れるだけだ。なら、聞こえの良い言葉でカダーシュを持ち上げた方が楽で労力も少なくて済む。でも、お前はそれをしない。それどころか、何も持っていない俺にすり寄ってきた。己が利を優先させたがるお前が、何故だ?」


 当初は幼い頃から慣れ親しんだ間柄であるからなのではと思いもした。本当に隣国に利用されかねないのを危惧して、良心から引き留めようとしたのかとも思っていた。しかし、マルズィエフの言い分は、どちらも違うような気がして。


「もしや、鉄女神マルドゥークか?」


 マルズィエフから、表情が消えた。


「なるほど。聖王国と関わりを持っているだけでは確証を得られなかったが今、納得した。そうか、鉄女神マルドゥークか」


「……勝算の無い我々に必要なのは、あの厄介な遺物を扱えるのかどうかを見極めていただくこと。女神マルドゥークを動かせるのは、貴方様以外におられますまい。シャリーア様亡き後、鉄女神マルドゥークに関する血筋は殿下と兄君のみ。しかし鉄女神マルドゥークは兄君の御声にこたえなかったそうではありませんか」


 ルークの目尻まなじりが吊り上がった。


「誰から聞いた!」


 凍り付いた怒声を響かせたルークへマルズィエフが顔を赤黒く染め、絶句した。


「二度は聞かない、答えろ」


「き、協会のシルビアという女からでございます」


 全く意外性の無い答えに、ルークは表情を消した。


「即刻エル・ヴィエーラからは手を引き、貴様はこの事を忘れろ。この場に立ち会った者も例外なくだ。出来ぬのなら貴様自ら全員の首を斬り、自らも死ぬか?」


「それは、あまりにも」


「どちらだ!」


「……協会と鉄女神マルドゥークからも手を引く所存でございます」


「ならば誓え。忘れろ。金輪際鉄女神マルドゥークには触れるな」


 苦渋と恥辱に耐え切れぬ感で、マルズィエフがうつむいた。貴族であるマルズィエフにとっては、人前でこれほどの侮辱を受けるのは生まれて初めてのことだった。面目を潰された怒りに身を戦慄かせ、辛うじて応えようとした。出来なかった。

 

「されど、やはり見過ごす訳には参りませぬ―――殿下を取り押さえろ、多少強引であったとしても、私がさし許す」





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