少年、再び
「そこまデにしてモらおウか」
暴力的な光の中から聞こえてきたのは、酷い声だった。その聞き覚えのある酷い声は、
(額に矢を受けて死んだはずじゃ……)
信じられないような面持ちで佇むウィゼルに、イリスは挨拶するように手を振った。
「どうして」
「何故、お前がここに居る」
ウィゼルと男の声が重なった。弓を構えた男が、まるで魔族にでも出会ったかのような顔つきでイリスを見下ろしている。矢を向けていた他の男達も戸惑ったように二人を注視した。それへ、イリスは身体ごと向き直り、気軽な調子で声をかけた。
「個人的な用事デちょっトね。ああ、キミ達について訊ねたいことがあったから、丁度良カったよ。アル・リド王国にいる
「知らん」
男の顔色が曇る。イリスを囲う男達の矢の先が、一斉にイリスへ向けられた。なのに、イリスはさほど表情も変えずに穏やかで。
「ジャあ、
「ない」
「ウソ」
イリスが鳩のように喉を鳴らした。
「彼は縄と
イリスの探るような眼が細められた。視線は男の服装に向いている。男はくたびれた黄土色の長衣の上に、砂埃で汚れた白い外套を羽織っていた。その外套に刻まれた刺繍に目を止め、イリスは唇をゆがめた。
「丁度、キミの外套に縫い付けられているソレに、よく似ていタよ」
男が、諦めるような溜息を吐いた。
「……しくじったのか」
「認めルんだね。なら、ボクの仲間もキミ達が手を下したとみて良いノカな?」
「黙れ」
「ボクは、訊ねてイる」
一言一言を、男に刻み込むように強く発音した。
「外套に刻むほどの紋章を身につけているっテことはキミ達やっぱり兵士カ。そういえば兵士の行動ハ、将軍が決めルんだってね。将軍が兵士に指示を出す時ってノは、その上の貴族または王族の意志が介入してイる場合が多い。つまり、キミ達アル・リド王国の言い分は、エル・ヴィエーラは邪魔ダ、消えロってことで相違ないカナ?」
武器を向けられてもイリスは微笑を崩さない。それは圧倒的な強者としての余裕。あの夜、マルズィエフの館で見せたイリスの力。その一端を知るウィゼルには、イリスの言動そのものが恐怖でしかなかった。
それは男達も同様だったらしい。まるで化物を相手にしているような顔つきを浮かべていた。
「なるほど。キミ達の総意として上には報告をしよウ。アル・リド王国は、協会の
言い切った瞬間、男が叫んだ。
「射て!」
男が
「無傷で済むって思ってたんなら、大間違いダよ」
生き残った男が曲刀を引き抜き、イリスへ斬り込む。イリスは斬撃を板状の光で受け止めた。途端に刃を始点に、赤い光が広がり始める。剣先に柄、男の指に肘。瞬く間に男の体に広がってゆく。男が、ぱっと、曲刀から手を離した。けれども光は止まらない。瞬く間に男の体を侵し、上半身を光が覆い始めたその時、男は仲間に突き飛ばされていた。少し遅れて、光が爆発する。ぼとりと転がったのは、黒々と焦げた人体。光に侵された男のものだった。
「惜しイ。もう少し早く避けタら当たらなかったノに」
小太りの男と痩身の男が二手に分かれ、素早くイリスを斬りつける。一人はイリスの首へ。一人はイリスの背中へ。目視出来ぬほどの速度で振られたそれに、嫌な音が重なった。
「……なぜ、だ」
血の塊を吐き出したのは男の方。一人は首に。一人は背中に赤く輝く剣を生やしていた。イリスは二人を眺め、やがて忌々しげに吐き捨てた。
「
男達の身体を、赤い光が包み込む。むっとする熱気と、嫌な臭いがした。イリスは満足げに頷く。仇はとった。そう言わんばかりの表情で。その瞬間、すーっと、光が消えた。宙に溶け込むように消えていくそれを、嫌なにおいのする風がさらう。
「魔族……」
ウィゼルに支えられていたアリーが、震えていた。ウィゼルでさえも、ぞっとしている。その場から一歩も動くことなく、イリスは五人の男達をあっという間に焼き殺したのだ。一向にひかない寒気に震えながら、ウィゼルは意を決して訊ねた。
「……これは一体、どういうこと」
場合によってはアルルをけしかける。そういう態度のウィゼルへ、イリスは人差し指を口元にあてて微笑んだ。
「秘密」
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