僕のあにうえ

「ですが、はたしてお話を聞けますかどうか」


「口を塞ぐよう、誰かに命じられているのですか」


「いえ、そうではなく……ここ最近、毎朝ダルウィーシュ様が神殿に来られるのです。鉄女神マルドゥークの像の前で何時間も真剣に祈ってらっしゃるので、何かお悩みのことがあるのかと思い、告解でもどうかとお誘い申し上げたのですが。御声掛けするといつも逃げるように立ち去られてしまうので」


「ここ最近の城内は慌ただしい。ダルウィーシュもまた忙しいのかも」


「いえ、忙しいというよりは、むしろ、その……私に怯えているような」


「怯える?」


「私の考え違いやもしれませんが、ダルウィーシュ様がこちらにいらっしゃるようになったのは、殿下が亡くなられた後のことなのです。もしかしたら、そのことと関係があるのかも」


 皇子を処断した者の一人として、責任を感じているのかもしれない。そう思うと、納得できる気がするとシーリーンは言った。


「ダルウィーシュは、悔いているのかもしれません」


 その日の告解はそれで終わった。別れ際、済まなさそうに頭を下げたシーリーンが許せなかった。


 自室に戻ったカダーシュは、棚の中にしまっておいた調書をとると、胡坐あぐらをかいたまま続きに目を通した。無性に読みたい気分だった。読んで忘れたかった。そばにいながら何もしなかったシーリーンのことも、ダルウィーシュのことも。何もかも全部。


(義兄上……)


 そばに置いていた銀の鍵をとると、愛おしむように表面を撫でた。ルシュディアークが生まれた際に紋章官から贈られた第二皇子を示す紋章、車輪を抱えた翼が把手にあしらわれている。妬ましくて大好きな義兄の、生きていた証。


(義兄上の無念、僕が必ず晴らしてみせます)


 カダーシュは祈りを込めて、銀の鍵に口づけをした。そして、それを大事そうに懐にしまい込むと、どうやってルシュディアークの部屋に忍び込むかと考え始めた。

ルシュディアークは寝台の床の下に箱を隠している。何が入っているのかは、カダーシュにも分からない。しかし、大事なものであるのだけは確かだろう。カダーシュは他にも手掛かりが無いかと、手元の調書を読み始めた。


 取り調べより一月後。文面はそこから始まっていた。

 

”夕刻、皇主カリフに呼び出された西守の長ターリクが、私を呼び出した。”


 私とは、ダルウィーシュのことだ。急ぎの件であったらしく、直ぐに身支度を整えるように言われたらしい。


”ターリクの下に参じると、誰もいないことを確認したうえで、


「殿下の処刑が決まりました」


 長い眠りよりお起きになられた陛下が、事態を知ると自らの口で第二皇子を処刑するよう仰られた。”


 カダーシュは目を見開いた。頭に刻みつけるように文字を追う。


”処刑の命が下ると、ターリク様は準備を始めた。皇主カリフが目覚めた際に従者によって書き記された手紙を自らの手で書き写し、私にはの手配をするように任された。私はターリク様の手でまとめられた皇主カリフよりのお手紙と毒薬を用意し、夜、西の塔へ向かった。殿下は既にお目覚めになられており、ターリク様が陛下よりのお手紙とその内容をお伝えし、毒薬の入ったラダを与えた。”


「なんだこれ……」


 おもわず漏れた呟きに驚いて、カダーシュは口を手で覆った。


(なんだ、


 調書に記されていた事の全てがおかしなことだらけだった。

 まず、皇主カリフが意識を取り戻したという記述。


皇主カリフは死の間際まで


 二年前に死の病に侵され、ここ半年ほどは床に伏せったままだった。口から洩れるのは譫言うわごとともつかぬうめき声。あまりにも酷い有様に、看病していた者達がいとまを希望したという。医術士もまた、「陛下の御意志が戻られることはないでしょう」とさじを投げた。最期まで看取ったイダーフにすら、「真面に会話すら出来ぬ状態だった」といわしめたあの有様で、


(義兄上の状況を把握し、あまつさえ罪の執行を命じることができた?)


 状態で?

 一時なら意識だけは戻る可能性は有る。けれど、だ。正しい判断は出来るはずがない。


(それに皇主やつは義兄上をとても大事にしていた。そんなやつが義兄上の処刑を許すはずがない)


 そして処刑に用いた毒。カダーシュにしてみればあり得ない事だった。

処刑には斬首が常だ。囚人の苦しみと、処刑を行うものの苦痛を和らげるために処刑人の中で腕のよい者が囚人の首を一瞬でねる。

毒を用いるのは百年以上も前にすたれた。毒を飲んでも生き延びる者が多かったし、死を見届ける処刑人が心の苦痛を訴えたためだ。

しかし調書にはしっかりと毒の名前まで書かれている。

用いた毒は、アコニット。毒草だ。葉を食べれば腹痛や吐き気に苛まれる。たちまちのうちに死に至る。その死に様は酷いものだ。腹痛、吐き気、痙攣けいれんに呼吸困難。盛られた者は苦しみにもがきながら死を迎える。


 調書の最後に執行した者の名が書かれてあった。


 執行者、ダルウィーシュ。

 立会人は、西守の長ターリク。


 カダーシュは、調書を握りつぶした。


(許せない)


 僕の。

 僕の義兄上を、よくも。

 僕が、義兄上の無念を晴らさねば。


 ダルウィーシュに訊ねなければならないと思った。言い訳出来ぬよう、逃げ道も封じなくてはならない。その為には、ファドルという子供の証言と、ルシュディアークが隠したというものが欲しかった。


「カリム、カリムをここに!」


 怒りに震えるカダーシュの前に現れたカリムは、青褪あおざめていた。さっとかしずくと、カダーシュが何か言う前にまくしたてた。


「神殿にて清めておりましたルシュディアーク様のご遺体が、何者かに盗まれました!」





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