僕のあにうえ
「ですが、はたしてお話を聞けますかどうか」
「口を塞ぐよう、誰かに命じられているのですか」
「いえ、そうではなく……ここ最近、毎朝ダルウィーシュ様が神殿に来られるのです。
「ここ最近の城内は慌ただしい。ダルウィーシュもまた忙しいのかも」
「いえ、忙しいというよりは、むしろ、その……私に怯えているような」
「怯える?」
「私の考え違いやもしれませんが、ダルウィーシュ様がこちらにいらっしゃるようになったのは、殿下が亡くなられた後のことなのです。もしかしたら、そのことと関係があるのかも」
皇子を処断した者の一人として、責任を感じているのかもしれない。そう思うと、納得できる気がするとシーリーンは言った。
「ダルウィーシュは、悔いているのかもしれません」
その日の告解はそれで終わった。別れ際、済まなさそうに頭を下げたシーリーンが許せなかった。
自室に戻ったカダーシュは、棚の中にしまっておいた調書をとると、
(義兄上……)
(義兄上の無念、僕が必ず晴らしてみせます)
カダーシュは祈りを込めて、銀の鍵に口づけをした。そして、それを大事そうに懐にしまい込むと、どうやってルシュディアークの部屋に忍び込むかと考え始めた。
ルシュディアークは寝台の床の下に箱を隠している。何が入っているのかは、カダーシュにも分からない。しかし、大事なものであるのだけは確かだろう。カダーシュは他にも手掛かりが無いかと、手元の調書を読み始めた。
取り調べより一月後。文面はそこから始まっていた。
”夕刻、
私とは、ダルウィーシュのことだ。急ぎの件であったらしく、直ぐに身支度を整えるように言われたらしい。
”ターリクの下に参じると、誰もいないことを確認したうえで、
「殿下の処刑が決まりました」
長い眠りよりお起きになられた陛下が、事態を知ると自らの口で第二皇子を処刑するよう仰られた。”
カダーシュは目を見開いた。頭に刻みつけるように文字を追う。
”処刑の命が下ると、ターリク様は準備を始めた。
「なんだこれ……」
おもわず漏れた呟きに驚いて、カダーシュは口を手で覆った。
(なんだ、これは)
調書に記されていた事の全てがおかしなことだらけだった。
まず、
(
二年前に死の病に侵され、ここ半年ほどは床に伏せったままだった。口から洩れるのは
(義兄上の状況を把握し、あまつさえ罪の執行を命じることができた?)
あんな状態で?
一時なら意識だけは戻る可能性は有る。けれど、それまでだ。正しい判断は出来るはずがない。
(それに
そして処刑に用いた毒。カダーシュにしてみればあり得ない事だった。
処刑には斬首が常だ。囚人の苦しみと、処刑を行うものの苦痛を和らげるために処刑人の中で腕のよい者が囚人の首を一瞬で
毒を用いるのは百年以上も前に
しかし調書にはしっかりと毒の名前まで書かれている。
用いた毒は、アコニット。毒草だ。葉を食べれば腹痛や吐き気に苛まれる。根を食べればたちまちのうちに死に至る。その死に様は酷いものだ。腹痛、吐き気、
調書の最後に執行した者の名が書かれてあった。
執行者、ダルウィーシュ。
立会人は、西守の長ターリク。
カダーシュは、調書を握りつぶした。
(許せない)
僕の。
僕の義兄上を、よくも。
僕が、義兄上の無念を晴らさねば。
ダルウィーシュに訊ねなければならないと思った。言い訳出来ぬよう、逃げ道も封じなくてはならない。その為には、ファドルという子供の証言と、ルシュディアークが隠したというものが欲しかった。
「カリム、カリムをここに!」
怒りに震えるカダーシュの前に現れたカリムは、
「神殿にて清めておりましたルシュディアーク様のご遺体が、何者かに盗まれました!」
当サイトに掲載されている写真、イラスト、文章の著作権は早瀬史啓に帰属します。無断での複製・製造・使用を全面的に禁止します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます