神官の嘆き
アル・カマル皇国では、王城の敷地内に二つの神殿を抱えている。
一つは
当時この地域に国を
これに伴い両種族の融和の証として先住民族の崇める神と、王の崇める神を王城の中に合祀したのが二柱の神を祀った始まりと言われている。
神殿の大門を潜ると、カダーシュは大きな広間に出た。これは神殿によくある造りで、大門を潜るとすぐに祭祀を行う場に行き着くように造られている。広間は白い石造りで、中央には
三つの目と四つの耳を持つ異形の女神。片手に小さな車輪を抱き、足元に蛇のような竜を従えている。この女神こそ、人に害成す
「
曰く、片手の車輪は文明を表し、足元の竜は河川。すなわち治水を表している。三つの目と四つの耳は王の
「僕達はかつての王を神として祀っているのですね」
「ええ。我らの
と、言われたけれど、カダーシュは頭から信じてはいない。
「お待ちしておりました」
広間の奥に、従者のカリムが立っていた。随分と待っていたらしく、いつも穏やかな彼の
「大分待たせてしまったようですね」
「告解の場にて、お待ちです」
広間の隅の小部屋の前に、一人の神官が立っていた。カダーシュの姿を認めると、神官は軽く会釈をした。カダーシュよりも少しだけ年上の、若い女神官だった。神殿勤めの者が
「先ずはこちらへ」
神官に招かれた部屋はとても小さく、人が一人はいるのがやっとの広さしかなかった。中には、一脚の簡素な木の椅子が置かれている。カダーシュが椅子に座ると、目の前に小窓があった。そこから隣りの部屋が見えた。同じような石造りの部屋で、椅子が一つ置かれている。神官がその部屋に入ると、カダーシュと神官が対面するような形になった。そして、神官はカダーシュがいるのを小窓から確認すると、軽く会釈をしてから神降ろしの聖句を唱え始めた。その声は語り部のように流麗だ。まるで詩吟でも奏でているような声に、カダーシュは聞き入った。
”心
人の守護たる
歌うような声は途切れ、湖水のような瞳はカダーシュへと注がれた。
「この場にて口にされるお話は、
「なるほど、祈りの形であれば、確かにお互いの面目は立ちますね。神官と皇子が対面で話をしても不思議じゃない」
「して、御用向きと申しますと」
「葬儀の時からずっと、義兄上のことが気になっています」
「葬儀?」
「ええ、義兄上の葬儀は、異様でした」
あの日、カダーシュが支度をして葬儀に出てみると、皇子の葬儀にしては実に寂しい景色があった。式場となる
葬儀はしめやかに執り行われた。ルシュディアークの眠る柩と、その傍に設えられた花の祭壇に、弔問者は順番に白い花を捧げる。カダーシュに順番が回ってきたとき、棺の中のルシュディアークを覗き見た。ルシュディアークは
(義兄上の手は、こんなに綺麗だっただろうか)
ルシュディアークは剣術を
(あれは、本当に義兄上だったのか)
棺に横たわるルシュディアークの姿を想うと、胸騒ぎがしてならなかった。なにか、とてつもない間違いを見つけてしまったような気がして。
「明らかにおかしかったからこそ、全てを明らかにして、義兄上の最期に報いたい」
はっきりと神官を見据えたカダーシュに、神官が息を詰めた。やがて、身を乗り出すように近寄ると、とても小さな声で囁いた。
「……殿下は、最期に苦しまれたのでしょうか」
カダーシュが眉をひそめると、神官が、はっとしたように口を手で覆った。完全に虚を突かれたような顔つきで呆然とカダーシュを眺めていたかと思うと、
「すみません、今のは聞かなかったことに」
神官は慌てて顔を伏せた。神官の頬に涙が伝うのが見えた。
「死に顔は、安らかでしたよ」
本当は、顔すら見る事が叶わなかったけれど。声を押し殺して泣く神官に、本当のことを伝えるのはためらわれた。
「西の塔に送られた者は
「拷問の事実はありませんでした」
ルシュディアークが処刑されるまでの間、西の塔を何度も訪れた。あの狭く暗い部屋で他愛のない話をしながら、ルシュディアークの表情をつぶさにみつめ、怪我などの異常が無いかと注意してきた。そのどれもが
「僕は、義兄上が西の塔へ送られたときから、義兄上がイブティサームを殺したということに疑いを抱いています。どうしても考えられないのです。まして、魔族だったなんて。だから、その事実を確かめるためにも、貴女に力を貸していただきたいのです。そして、過ちがあるのなら、その過ちを義兄上の為に正したい。義兄上のことで何かをご存知なら、教えていただきたいのです」
神官は涙を拭うと、言った。
「生前、ルシュディアーク様からお渡しされたものがあります。私の身に何かあったのなら、これをカダーシュ様へと。渡せばわかると仰られておられました」
鍵を差し出されたカダーシュは、眉をひそめた。皇族の、まがりなにも皇子から鍵を預かる彼女の正体が気になって。
「失礼ですが、貴女は何者ですか」
「……
「しかし今は、協力者で、共犯者だ」
カダーシュの。
そして、ルシュディアーク失墜の真実を暴き出す為の。
「今後お世話になるかもしれません。その際に名前が分からないのは困るでしょう」
神官はじっと黙っていたかと思うと、小さな声で囁いた。
「……シーリーン」
カダーシュは、目を見開いた。
「では、貴女が」
ハピベフ領領主配下、将軍ファイサルの末娘。そして、ルシュディアークの許嫁だった少女。
「確か、貴女は婚姻の解消と共に故郷に戻られたはず」
それがどうして
「……あの時、
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