立ち上がる為に
かくして集団は三つに分かれた。
アリーを中心とした負傷者の救助隊と、キーアを中心にした援軍。
そして、ルークを中心とした、ラビを救うための別動隊。
周囲に敵がいないのを確認するように、ルークはさっと、あたりを見回した。
「上手くいくでしょうか」
「上手くいかなかったら、俺もお前もここで終わる」
遠吠えのような笛の音を聴きながら、ルークはラビの天幕に近づいた。そっと、耳を澄ます。中から争うような音は聞こえない。静かだった。それがかえって嫌な感じがして、出入り口にかけられている垂幕にそっと触れる。小動物が威嚇するような呼吸が、布一枚を隔てて傍に在る。男女の判別はつかなかったけれど、緊張するような気配がした。
意を決して垂幕に手をかけた途端、肩に衝撃があった。気が付くと、ルークは地面に突き倒されていた。呻きながら顔を上げると、垂幕から伸びる刃を、アズライトが握っていた。
「敵ではありません。アリーの所にいた者です」
アズライトは感情もなく、淡々と垂幕の向こうにいる誰かへ語り続けていた。ラビを助けに来たこと。アリーの無事と、キーア達が外で戦っていること。そして、自分達がやってきた理由。淡々と語る声に安心したのか、アズライトの握っていた刃からふっと、力が抜けるのが分かった。
中からおずおずと女が顔を出した。恐怖と緊張で疲弊しきった顔つきのせいで別人のように見えたが、確かにラビの母親だった。青ざめた表情でルークとアズライトを交互に見ると、ようやく安堵の息を漏らした。天幕の奥には、弓に矢をつがえたままのラビが泣いたばかりのような顔で立っていた。
「逃げるぞ」
「どこへ……?」
「アリーの所だ」
アリーの所へ行って、後方からイスハークの人らへ指示を出してもらおうと思っていた。けれど、
(いまのラビに、人をまとめる事なんか出来ない)
ラビは怯えていた。震えながら弱りきった視線を向けているのを見て、ルークは唇を噛んだ。
「……ばあちゃんは」
その問いかけを、あえて聞こえないふりをしてやりすごした。答えてしまえばラビがどうなるかなんて、分かり切っていた。
「アリーから聞いた。五年前にも北カムールの奴らをやっつけたのだろう。なら、戦えるはずだな?」
「……無理だ」
「無理じゃない」
「出来ない」
「出来なくない。すでに経験しているはずだ」
剣を取り、戦うことを。血で血を洗うような戦場を生き抜く術を。
いかに無常で残酷な戦いであったかを知るがこそ、戦うちからを持っている。やれるのだ。戦えるのだ。その気になれば。
「一緒に戦ってくれ。戦って、あいつらを追い出そう」
「皆に、死ねって言うのか……?」
ああ、これは駄目だ。みるみるうちにラビの瞳から力が失われてゆくのを眺めながら、ルークは思った。
(ラビが立ち上がる力を、剣を取る力を、奪ってしまった)
逆なのだ。焚きつけねば。震え立つような力のある言葉を与えねばならないのに。想いとは裏腹に、ルークの頭に浮かぶ言葉はすべて物心のつかない子供を
「……違う。俺だって皆には逃げて欲しい。けどこの暗闇じゃあどう考えても無理だ。敵が何処に潜んでいるかもわからないし、もし逃げている途中で奇襲を受けたらひとたまりもない。じゃあ、他にどうしたら良いのか俺も考えた。でも、一番いい方法は一つしかなかった」
ラビの瞳に、弱々しい光が戻った。ルークはそれを見つめ、はっきりと言い切った。
「相手が降参して逃げ出すように戦うしかない」
「死ねというのと同じじゃないか!」
「同じじゃない。相手に逃げてもらうために、死なないように戦うんだ」
ルークは語った。自分達には竜がいることを。その竜を使って、相手を怯ませるのだと。ラビに分かりやすいように噛み砕いて。けれど、どの言葉も結局はラビたちに死ねと言っている。そう取られかねない言葉しか選べないことに内心の苛立ちを覚えながらまくしたてた。
「ここで都合の悪いことから目を逸らし続けていたら、もっと酷いことになる。だからみんなを助けるために協力してほしい。これ以上の哀しみを増やさないために!」
大粒の涙がラビの目から流れた。俯いたまま肩を震わせているラビから、ルークは暗い表情で手を離した。
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