卑怯者の矜持
「ルークは卑怯よ」
手紙を渡せばイダーフは必ず軍を動かすだろう。イブティサームを殺したルークが一緒にいると分かってしまえば、兵士達を率いる将軍は、ルークを捕まえようとするにちがいない。だからと言って、ウィゼルが手紙を届けなければルークもカムールの騎兵達も、サルマン達に殺されてしまう。手紙を届けても、届けなくても結末は同じ。それをウィゼルに任せる行為こそが、ウィゼルを激昂させたものの正体だった。
「頼む、他に頼れる奴がいないんだ」
酷いことを言っている自覚はあった。けれど、国の内情を深く知り、ルークの意図を正確に読み取れる人物はウィゼル以外にいなかった。
(あまりにも多くの裏を知り過ぎているウィゼルを城へ遣わせることは危険がある。ある、が……)
胸を覆ったのは、マルズィエフの存在。
(あいつは外部の人間に城の内情を知られることを、快く思っていない)
知られるくらいなら、口封じを命じるだろう。それでもウィゼルを城へ遣わせようと決断したのは、そのマルズィエフ自身が動かないと予想したからだ。マルズィエフは、エル・ヴィエーラ聖王国に深い疑いを持っている。
(いや、疑いじゃない、不信だ)
確信したのは彼の言動。エル・ヴィエーラ聖王国の使者であるイリスを煙たげに扱ったのも。シルビアを”あの女”呼ばわりしたのも。国境にアル・リド王国軍が駐留しているのを知った彼の慌てぶりも。決定打はルークを怒らせた
エル・ヴィエーラ聖王国の遺産遺跡保護協会を利用し、ルークの力によって
(
彼の、いいや、彼らの中にあるのは、国だ。この国が、アル・カマル皇国という国として未来に続くのなら、敵国ですらも利用する。その解に至った時、ルークは自分自身が国を存続させるための手段でしかなかったことに、脱力するような怒りを感じた。しかし、
(たとえ一時でも敵を同じくするのなら)
マルズィエフの行為は決して許されることではない。けれど、国を想う気持ちが強かったからこそ、彼をそこまで突き動かしたのだとしたら。
(マルズィエフが、エル・ヴィエーラ聖王国におもねるつもりがないのだとしたら、あいつはウィゼルの邪魔はしない)
ウィゼルを助けるかどうかは別として。
ふと、不安がよぎった。
(……もしかしたら、城へ行ったウィゼルに接触しようとするかもしれない)
情報を聞くだけ聞き出したら、マルズィエフは自分の手柄にしてしまうかもしれない。その後で、ウィゼルを口封じしてしまうかも。
(いや、大丈夫だ。ジャーファルが。イダーフが。そして俺が、そうさせない)
泣き顔のウィゼルを、ルークは真剣な表情で見つめた。
「ウィゼルが俺のことを想ってくれているのは、有難いと思う。たぶん、ウィゼルがいなかったら、俺はここまで来ることが出来なかった」
ウィゼルがいなかったら、今頃はスフグリムに殺されるか、あるいは人知れずどこかで死んでいただろう。ハリルに逢うことも出来なかったかもしれない。そして、こうして国のために戦うのだと決断することも無かった。
「ここまで来れたのは、ウィゼルのお陰だ」
救われたんだと、ルークは微笑んだ。
「だから、
ウィゼルは声も立てずに泣き続けた。それが見ていられなくて、ルークは自然とウィゼルを抱き寄せていた。体を強張らせるウィゼルの背中は震えていた。
「全てが終わったら、礼をする」
じんわりと、ウィゼルの涙で服が濡れてゆく感触を感じながら、ルークは悔いるように溜息を吐いた。
ふと、ルークは思った。そういえば、戦争が終わった後のことを、俺は全く考えていなかったと。
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