第一章

第1話 異世界転生?

「ルオ!?」

 バタンと、大きな音がして、扉から女の人が飛び込んでくる。

 長いプラチナブロンドの髪を編み上げてアップにしている。目は翠眼というのか、透き通った緑色で、二十歳くらいの美女。

 母だ。


「目が覚めたのね? よかった。ローワンが倒れていたルオを抱えて戻ってきた時は驚いて。もう一日ずっと目が覚めなかったのよ? 気分はどう? 気持ち悪かったりする? あら? 泣いてたの?」

 母がそっと目尻をハンカチで拭いてくれた。俺はどうも、泣いていたらしい。


「一日、寝てた?」

「そうよ。みんなで心配したんだから。何かあったの? 治癒師は魔力が不足したからじゃないかって言っていたけれど、ルオは魔法使えないものね?」

「うん」

 頷きながらもチラリと枕元にいる、トカゲに視線を向けた。ちろちろと舌を覗かせているさまはまさにトカゲ。心当たりはあるが、何となく言うのが憚られる。

 だって、母には見えてないらしいんだ。


「起きられるようなら、水を持ってくるから飲みなさい。喉、乾いたでしょう?」

「うん。ありがとう」

 出て行く母を見送って、俺は視線をトカゲに向けた。

(なまえ、つけて)

「なまえ?」

(ぼくのなまえ。あるじのつとめなんだよ)

「あるじ?」

(魔力くれるけいやくした。かわりに力かす。なまえもらうと力ます)


 あれか? テイマー的な? というか、まだ状況がよくわかってないんだけど、俺はこいつと何を契約したんだろう? 

(はやく~~~)

「わかった。わかった。なまえ、ねえ」

 俺はまじまじとトカゲを見る。白いシーツの上に乗ったトカゲは綺麗な真紅色だった。少し透けて見えるのは何故なんだろうか?

 俺には触れるし、見える。あったかい炎を纏ったトカゲ。


 んん??

 まてまて前世の伝説で、似たようなのがいた。

 火を司る精霊、サラマンダー。

 サラマンダーはトカゲやドラゴンの姿だと、言われていた。

「え、お前、火の精霊だったの?」

(? あたりまえ。あるじにかごをおくったよ)

 俺はパニックだ。まだ五歳だから知識は足りないがこの世界は魔法がある。精霊の存在は俺でも知っている。加護を与える存在だっていうのも精霊と出会うのは稀だとも、夜の読み聞かせで、聞いた。


 その精霊が目の前にいる。俺をあるじと呼び、名前を強請っている。

(は・や・く!)

 怒った表情で鼻先を俺に突き付けているこの存在の、名前。

 サラマンダーは溶岩の中にいるという。溶岩をlavaといったな。

 ラヴァ、とかどうだろう。

「ラヴァ」

(僕のなまえ?)

「うん。ラヴァ、はどう?」

 あ、喜んでる。目を見開いてくるくると回っている。心なしか、もやも多めに出ている。

 このもやは、火なのかな?

(僕、ラヴァ! ラヴァなの!)

「うん、うん、わかった」

 意外とかわいいな。火の精霊か。

「これからよろしく」

(よろしく!)

 それからラヴァの定位置は肩の上になった。


「夕食は食べられる?」

 お水を持ってきてくれた母が心配そうに聞いた。俺は聞かれて途端に鳴ったお腹に恥ずかしく思いながらも頷いた。母が心配そうな顔から笑顔になったので、良しとしよう。

「うん。お腹すいた」

 水は冷たく美味しくて、前世で訪れた富士の名水のようだった。甘露といってもいいくらいの味だと思う。喉が渇いていたからではないと思いたい。


 母の手に引かれて、食堂へ向かう。屋敷に使用人は二人、家令のローワンと、オールワークスメイドのネリアだ。二人は夫婦で子供もいる。息子のウォルトは兵士で、領軍の一員だ。祖父の代から仕えているそうだ。見た目は働き盛りの四十代くらいかな。

 食堂に入ると、赤ちゃんのぐずる声とあやす声が聞こえる。


「ネリア、ありがとう。ルオは元気よ。食欲もあるみたい。あらあら、イオは泣いちゃってるわね」

「奥様、それはようございました。先ほどおむつは替えましたので、お腹が空いているのかと」

 少し恰幅のいい婦人が女中のネリアだ。勝気そうな顔で、赤ちゃんを抱いて揺らしながら母と会話をしている。


 家令のローワンは父の横に立って、給仕をしている。

 父は穏やかな笑みを浮かべて母たちを見ると、俺の方を向く。

「ルオ、気分はどうかな? どこか具合の悪いところはあるかい?」

 父は少し長めなダークブロンドの髪を後ろで結んでいる。目の色は青灰色で、その目が細められた。いま気付いたけれど、もの凄く顔がいい。体格が良くて上背がある。声も張りがあって、低音で響く。


「大丈夫。お腹が空いたよ」

 俺は首を横に振って席に着く。テーブルは長方形でお誕生日席が父だ。俺の反対側に母が座ってその隣がイオ、俺の弟だ。離乳食にも慣れて乳歯も大分生え揃ってきたと母が言っていたのを思い出した。


 イオは髪の色は父に、目の色は母に似ている。俺は母に似ているそうだけど、意識して顔を見たことがないから(鏡がない)よくわからない。

 目の端に見える髪の色は父の髪を明るくしてオレンジを混ぜたような色だ。確かジンジャーオレンジとか言う色。


 やっと泣き止んだイオは赤ちゃん用の椅子に座らされて、テーブルを手で叩いている。離乳食が並べられてやっと全員の食事の支度が済んだ。

「揃ったね。神と精霊に感謝を捧げて、恵みをいただこう」

 手を前に組んで目を瞑って感謝を捧げる。父が手を付けたら食べていいのだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る