番外(三)

閑話 心配事(コランダム視点)

 ルオはやらかさないと気が済まないのだろうか。

 それとも俺が師匠にしたことが返ってきているのだろうか。

 俺が師匠の胃にダメージを与えたから、師匠が体を壊したのだろうか?

 そんな恐ろしい気持ちになる弟子のルオは絶好調だ。

 羽ペンが書きにくいと言ってこんな芸術的なガラスでできたペンを作り出すとは。


 ルオが最初に作ったガラスペンは精霊王が絡む案件になってしまう始末。

 その次に作ったのは俺用のガラスペン。


 芸術だ。


 ペン先の溝のうねりも、光の加減で色を変える軸も、サファイアをガラスに閉じ込めた技術も。

 転がってきた石は原石で、磨いて加工しなければ美しく輝いたりはしない。

 それを見事な多面体に仕上げている。

 ああ、錬金術師のスキルに加工があったか。

 こんな加工をする発想が末恐ろしい。


(うふふ、この模様って私の羽根に似てるよね!)

 このペンをもらってからカルヴァが上機嫌だ。

「カルヴァと俺はルオの中でセットなのかもな」

 俺をイメージして作ったというのだから、これは俺のためのいや、俺とカルヴァのためのただ一つのガラスペン。その気持ちが嬉しい。

(そうなの? 私たちも相棒なのかしら?)

「そうだな」

(やっぱり?)

 カルヴァは俺の周りをくるくる飛び回る。飛び回ると鱗粉のようにきらきらと光の粒が光って軌跡を作る。


 酒精霊カルヴァとの出会いも驚いたが今ではいないと探し回って心配しそうだ。

 この目をカルヴァにもらって世界が変わった。

 世界は精霊の光に満ち溢れている。

 どこもかしこも精霊がいて、揺蕩っている。

 精霊は豊かさの象徴だ。

 読み聞かせの子供用の本の話は、精霊教会の聖典の一部をかみ砕いて抜粋したものだ。

 エルフとドワーフは精霊が見えるのだ。だから精霊信仰だし、人族の光神教会は大嫌いだ。

 カルヴァやラヴァによると精霊は魔力を糧にするから、魔力の多いところへ基本流れるんだそうだ。

 生き物は魔力を放出しているから本来生き物がいる場所は魔力の濃い場所になるのだそうだ。

 森はそういう理由で魔力が多く、魔力の吹き溜まりにいる生き物は魔力を多く持つようになる。

 魔獣や魔物が発現するのはそういう理由だと、カルヴァに教わった。

 ダンジョンの発生も同じだということだった。

 魔物を間引くのは魔力を減らす行為に近いんだろう、とそう思った。


 霊峰のすそ野が祝福の地で、精霊王が見守っているから豊かなんだということも知った。

 村民が身体能力が高く加護が多いのもそのせいかもしれない。

 精霊に好かれる魔力とそうでない魔力があって、精霊もより好みをする。

 嫌いな魔力がある土地は精霊が逃げるのだそうだ。

 生物の恨みが絡む血が流れた場所は特にそうらしい。


 そうか、ソア子爵は精霊に嫌われた。

 そして滅んだわけだ。

 魔物を狩らなくてもソア子爵は嫌われ、魔物をあれだけ狩っているルヴェールが豊かなのも、その違いか。

 ルヴェールの民は精霊に好かれているのだ。

 もしかして、ルオの傍にいるという選択をし、ルヴェールに落ち着いたから、俺は精霊の加護を受けたのだろうか。


(どうしたの? じっと見て)

「いや、カルヴァにはいつも世話になっているなと思ってね」

 カルヴァの顔が赤くなる。精霊も照れるのか?

(いやね! 当然よ! 主のために役に立ちたいもの!)

「ありがとう、カルヴァ」


 さて、ルオの力を隠すにはかなり難しいが、今回も何とかしなければいけないだろう。

 王家や侯爵家にルオを奪われないための、ここは踏ん張りどころだ。

 今までは俺のこの賢者という職業が隠れ蓑だった。俺のマジックバッグ製作の功績はそれほどに大きい。

 鏡もお酒もちゃんとルオに報酬が入るようにしているが、権利者の名前にある俺の名前や領主の名前の方が見るものにとっては大きい。そこに子供の名前があることは普通ない。ただ単に領主の長男だから名前を連ねたと思わせるように書類を書いてきた。


 このガラスペンはルオのものだ。ルオがすべて作ったのだと声を大にして言いたい。だが、ルオの名前は前面には出せない。

 ルオの発想をハンスが形にし、作り上げたというようにするしかない。

 ハンスにこの領域までのガラスペンづくりができるかはわからないが、やる気になっていたから何とかなるはずだ。

 もし、それでも王家が何やかや言うなら、王に借りを返してもらうしかない。もう、王家にかかわるのは嫌なんだがな。

 だからずっと逃げ回っていたのに。


 俺ももういい大人だし、弟子は師匠が護らなければ。


 ああ、そうだ。インクを作らないとな。

 このガラスペンにふさわしいインクを。

 ルヴェール染めの原料ならカリーヌが詳しい。ギードも手伝っていたらしいから巻き込もう。彼らは侯爵家の紐付きだが、心はだいぶルヴェール寄りになっている。

 ここは彼らの分水嶺。

 侯爵家に味方するのか、ルヴェールに身を捧げるのか。

 それによっては俺も対応を考えないとな。


(あら、何か楽しいことでも思い出したの?)

「うん?」

(口元が笑っているから)

「お、そうか?」

 いけないいけない。悪い顔をしてたみたいだ。

「このガラスペンのインクを作るのが楽しみになったから、かな?」

(それはいいわね! ピンク色のインクはどうかしら?)

「最初は藍色で作ろうと思うんだが、ピンクもいいかもな。ここの羽根の色のような色だろう?」

(そう! さすがは主ね)

「ありがとう。じゃあ、頑張るかな」

 俺はガラスペンをケースへ大切に仕舞い、ギードとカリーヌを執務室に呼び出そうと、ベルを鳴らしてやってきたスピネルに頼んだ。

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