番外
閑話 ゼオライト・ルヴェールの独白
私はゼオライト・ルヴェール。霊峰のふもとにある村一つだけの小さな領地を持つ男爵家の当主だ。
産業は農業で、寒冷地のため、小麦の収穫量が少ないため、財政はひっ迫していた。それでも借金はせずに代々やってこれたのは祝福の地と伝えられているせいかもしれない。
初代のルヴェール当主は平民の出で、オーガの特殊個体を討伐したことから騎士爵に任じられ、この地を開拓することになったのだとか。
そして百人ほどの村になり、準男爵になって、さらに土地を拓いたことで、男爵に任じられたのが我がルヴェール男爵家の歴史だ。
ただ、霊峰のふもとに広がる森は魔物も多く特に霊峰に近づくほど、強くなっていき、奥には災害級の魔物がいると言われている。何度もここを開拓しようとしながらも、できなかったのはその度に魔物が森から溢れ出て滅ぼされてしまったからだと言われている。
だが、初代は成功した。我が家に伝え聞いているのは精霊が我が家と、開拓した土地を祝福したからだという。そのため、血筋に精霊の加護を受けるものが時折現れるというのだ。
それ以来、魔物の溢れるようなことは起こらずに何とかやってきたというのがルヴェール領だ。
森の魔力に晒されているせいか、村民たちは平民にしては魔力量が多いし、強い。我が家は魔物を狩ることが領地の安寧に結びついているから溢れを起こさぬよう、ある程度は奥に入って魔物を狩っている。
もちろん専業の兵士や従士は少なく、騎士も両手に足るくらいの人数だが、村民の協力もあり、それで何とかやってこれた。
両親は私がオリビンと結婚したすぐ後に魔物の討伐中に亡くなってしまった。それからは父の補佐をしていたローワン夫妻が補佐をしてくれて、何とか領政に穴をあけずに頑張ってこれた。
そして念願の我が子が産まれる。私が二十歳、オリビンが十八歳の時だ。
オレンジジンジャーの髪に青い目のオリビン似の可愛い顔をした子供だ。
「精霊のご加護がありますように」
我が家は精霊教だ。教会はないが、初代のこともあり、精霊を崇めている。隣領やほとんどの貴族は最近、光神教という光の神を主神とした教会が力を持ち、他の信仰は排除されることが多くなっている。
自然の恵みは精霊無くしてはもたらされないというのに。信仰は自由のはずだが、国教のようになっているのは如何ともしがたい。
あの教会は職業やスキルを声高にあげ、授かった職業による選別を行う。授かった職業により差別したり、蔑んだり持ち上げたりする。平民は貴族に逆らえないからうちの村民が隣領の教会で祝福の儀を行うとあちこちに連れ去られるようなことになる。
本来、うちの領民なのだから一言あってもいいはずだし、移民の手続きをとらねばならないのだが、先代くらいからうちの領を軽んずるような態度が見え隠れする。
しかし、光神教の教会は誘致したくはない。悩ましい案件だ。
フルオライトと名付けた嫡男は内気な性質のようだったがすくすくと育った。
もっと可愛がりたかったのに、魔物の出現が増え、私は留守がちになった。思えばこの頃から隣領のダンジョンが活発化してたのではないかと思う。
ルオが四歳になる年に次男のアイオライトが産まれた。使用人のいない我が家はイオにかかりきりになってしまった。放置状態になってしまったルオはあまり言葉を話さなかった。
ネリアやローワンからの助言で、年の近い村の子供に頼み、遊び相手として村に連れ出してもらうようにしたが、あまり仲良くはならなかったようだ。
そして、ルオに変化が訪れる。
村の子供たちが遊びに連れ出した日、日が暮れても戻ってこなかったので探しに出た。村へ向かう道から少し外れた草むらに倒れていた。屋敷に戻ったのが逆方向だったら、気付いたはずなのに。
村の治癒師を呼んで診てもらうと外傷は指の傷くらいで、倒れた原因は魔力枯渇だと思われるとのことだった。
「魔力枯渇? ルオは魔法が使えたのか?」
「いえ、旦那様、生活魔法も教えてません」
「不思議だな」
「ええ」
原因は何年もあとにわかるのだが、その当時の私たちに知る由もなかった。
目が覚めたルオは内気な性質は身を潜め、活発な子供になった。文字を習いたいと言ってきたり、一人で河原に行って石を拾ってきたり。賢者を連れてきたり。
「コランダム・ヴァンデラー卿、お初にお目にかかる……」
「あーいや、私はこうして放浪の身ですから。それにお会いして早々ですがお願いが……」
彼は貴族で知らぬものなどいない錬金術の権威、魔法神の加護を持つという噂の賢者ヴァンデラー。マジックバッグを作成することに成功した功績を持つ、伯爵位を持っている貴族だ。私より五、六歳年上だったと思う。
「ああ、宿ですね。客室を用意させています。ご逗留いただく光栄を……」
「ありがとうございます。その、もう一つあるのですが、ご子息を私に預けてくれませんか?」
「は?」
「河原で会いまして……ここまで案内してくれたオレンジジンジャーの髪のご子息です」
「預ける、とは?」
「私の弟子として育てたいのです」
「は? ルオはまだ五歳ですよ?」
「ええ、ルオというのですね。彼はその、ちょっと変わっていませんか?」
「そう、だったかな? 普通の子供……まあ、最近は石を集める趣味ができたようだが……」
「彼は多分、神の加護か精霊の加護を持っています。そして神の落とし子の可能性があります」
「神の落とし子ですか? まさか」
神の落とし子とは教わってもいない知識を持っている子供のことを指す。のちに大きな功績を残す者が多い。眉唾だと言われることが多いが、本物はいる。目の前の彼も、一時そう言われていたらしい。
「多分に可能性はあります……弟子にするのは彼が弟子になるのを了承してくれた場合に限ります」
「……わかりました。あくまでルオが弟子になるのを希望した場合に限り許します。それと、費用等は」
「弟子の面倒は師匠が見るものです」
この言葉が決め手になった。ヴァンデラー卿はとても高潔な人物だと、私は判断した。
弟子になったルオはやりたい放題で、申し訳ない気持ちになった。
ヴァンデラー卿はルオに工房を贈ってくれたり、領政に協力してくれたり、破格で色々な依頼を受けてくださった。
そして、ルヴェール領は大きく変わっていくことになる。
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