第9話 弟子とは

 翌日、父に呼ばれて応接室に顔を出すと、コランダムが座って紅茶を飲んでいた。

「お、おはようございます」

「おはよう」

「おはよう」

 ローワンに促されて、ソファーに座る。俺の前にはジュースが置かれた。

「フルオライト、こちらの方はコランダム・ヴァンデラー様だ。錬金術師であらせられて、最高峰の称号をお持ちだ」

「ヴァンデラー卿、我が息子、フルオライト・ルヴェールです。フルオライト、挨拶を」

「フルオライト・ルヴェールです。五歳になりました」

 たどたどしい口調で自己紹介をする。マナーなんて、直前にローワンが教えてくれた簡単なものだ。頭の中は前世の知識や性格が大半を占めるけど、行動したり、話したりは、ありのままのフルオライトでしかない。

 五歳の、文字を習い始めたばかりの子供だ。


「ヴァンデラー卿が、色々なことを教えてくださるそうだ。ルオ、頑張れるか?」

「うん? うん」

「そこは、はいだ。ルオ」

 くすっと笑いながらコランダムが注意する。

「はい?」

「はい」

「はい」

 え、マナーから教えてくれるの? さっきの話からだと、かなり偉い……ああ、偉い先生ってそういうことか。

「師匠、よろしくお願いします」

 ああ、これは言えた。コランダムは錬金術だけじゃなく、俺に勉強も教えてくれる。家庭教師もしてくれるつもりなんだ。

 師匠、ありがとう。欲しかった知識に手が届く。


 それから、師匠は俺の学習進度を知って驚いていた。

「は? 文字を覚えたばかり? 単語は教えてもらってない?」

「このご本と、このご本は覚えたよ」

 耳で。

「読めてねえじゃねえか!」

 師匠も突込みは激しいな。

「仕方ねえ。基礎学習からだ。文字や計算ができないと、何を教えてもモノにならないからな。ついでにマナーも教える。いいか?」

「はい」

 こくこくと頷いてると、肩の上で、ラヴァも同じ動作をしていた。可愛すぎる。

「よし、まずは……」


◇◆◇◆◇


「ふうん、計算は覚えるの早いな。文字も、基本文字は覚えているから、単語を覚えていけばいいか。それと、俺と話をしよう。話す練習だ。ルオは会話が足りていない」

 文字の書き取りと簡単な四則計算を教えてくれた。同じ十進法だったし、計算方法も同じだったから、よかった。文字も暗記でいけた。

「足りてない?」

「ああ、子供はもっとわけわかんないことを話しまくるのが仕事だ。ルオは引っ込み思案の引き籠りの子供の典型だ。言葉はな、耳で覚えて、話して上達するんだよ。いろんな人と話すと、知識も増えるんだ」

 そう言って、書庫から持ってきた、新しい本を開いて単語を指さす。


「この字が上達だ。言ってみろ」

「上達」

「じゃあ、この字を書いて読むんだ」

「書けた」

「あってるな。読み上げろ」

「上達」

「そうだ。上達したな。発音もよかったぞ」

 師匠は頭を撫でてくれた。なんでか涙が出た。


 師匠は優しい。河原で一人で遊んでた、俺を心配して声をかけてくれたんだと気付いた。

 もしかしたら、弟子になれと言ってくれたのも見かねたんだろうか。

(じょうたつ、ぼくもいえたよ)

 ごしっと拳で出そうになった涙を拭う。

「師匠、ラヴァが『上達、僕も言えた』だって」

「そうか、ラヴァも上達したな。偉いぞ」

(ほめられた!)

 興奮してくるくる回るラヴァに俺は笑顔になった。


 それから俺の生活は目まぐるしく変わった。

 朝の日課は変わってないけれど、勉強は師匠が見てくれる。

 午後の河原への日課は自然と錬金術とのかかわりあいを学ぶための実践的な場になった。


「錬金術は自然にあるものをひと手間二手間かけて、違う形にする魔術だ。鍛冶と薬学、魔法に、ぶっちゃけ、あらゆる事象全てに精通しなければいけない。元は金を取り出す技術を試行錯誤してって話だが、金を作り出したかったんだろうな。人間は欲深いからな」

 河原の石を拾いつつ、師匠が言う。せっかく石を集めたなら標本を作ろうということになった。なので、石拾いは継続中だ。いろんな模様があって面白い。

「魔術使わないと、ガラス作れない?」

「魔術を使わない?」

「だって、師匠が偉い先生だし、錬金術はいっぱいいろんなこと知らなきゃいけないんでしょ?」

「そうだな」

「ガラスの窓が村の皆の家の窓に嵌るのに、偉い人だけじゃ、作れないと思うの」

 日本でも板ガラスが普及したのはここ百年。大量生産施設を作るとなれば、錬金術の才能のない奴でも作れないといけない。まずは多様なガラスの普及。その先に芸術があると思う。


「ガラスの窓」

 師匠が目を瞬いて、オウムのように繰り返した。

「家の中でも昼間明るく過ごしたいよ。雨の日は真っ暗になるし。ガラスが木の代わりになれば明るいと思う」

 さすがに王城とかだと、ガラス嵌ってると思うけど、色ガラスかな。それはそれで、ステンドグラスとか、見たい。ランプに使われてたのは薄めの青緑色だったから、ソーダ灰ガラスのままなのかも。ワインボトルは濃い緑色だったからね。そっちは何かで色付けしてるはず。


「ガラスの窓が誰の家にも、ね」

 髪を師匠にぐちゃぐちゃにされた! ふっと優しく師匠が笑う。

「そうだな。明るい方がいいな。ルオが錬金術師になったら、技術を落としこめばいい」

「うん!」

「はいだろ? それにはいっぱい勉強しなきゃな」

(べんきょう)

 頭の上で、ラヴァがくるくる回る。実体があったら俺の髪はぐしゃぐしゃになっている。可愛いけど。

 多分、アレだ。一緒に勉強している気になっているんだ、ラヴァは。

「は~い!」

「はいは伸ばさない。何度目だ? 次は課題増やすぞ」

「はい! 課題は嫌です!」

 俺たちはしばらく河原で石拾いをして、屋敷に戻った。

 暑い夏も、水辺は涼しかった。

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