第8話 弟子になれ

 前世の記憶にある、フルコースタイプの本格的晩餐だ。

 銀のグラスに食器、カトラリー、白いテーブルクロス。俺は戸惑った顔で、席に座っていた。フォークとスプーンしか使ったことありませんけど!?

「ああ、この子は今日が初めての晩餐なんだ。少しお目こぼししてもらえると助かる」

「もちろん、その子の歳で完璧な作法を見せられた方が驚きますよ。かまいません」

 ローワンがワインの瓶を持っている。あったよ! ガラス瓶!

 俺が驚愕の目で、ワインのボトルを凝視しているとコランダムと目が合った。ふっと優しく微笑んだ彼は父との会話に戻っていった。


 俺は母にカトラリーの使い方を教わりながら夕食を食べた。イオとネリアがいなかったのは正式な晩餐に出るのは早すぎるからだろう。俺だって早いと思うんだけど。

 残念ながら、初めての晩餐の味は記憶に残らなかった。


 部屋に戻った俺はネリアに寝る支度をしてもらい、ベッドに寝転んだ。

 不審者がイケメンになっていた件。

 ネリアが偉い先生って言ってたの、どういう意味なんだろう。あとで紹介するって言ってたけど、いつ? 

 唸っていたらノックが聞こえた。消灯の時間になったんだろうか?

 あれ? 入ってこない。


「? どうぞ?」

「邪魔するぞ」

 入ってきたのはコランダムだった。驚いて飛び起きる。

「ええと、コ、コラ?」

「怒られてるみてーだな。コルでいい」

「コル様?」

 コランダムの視線が俺の机の上に注がれる。そして俺の肩に。

「様はやめろ。なんかこそばゆい」

「ネリアが偉い先生って言ってた」

「あー、まあ、それはどうだかな」

 コランダムは椅子を引っ張り勝手に座る。手を伸ばして石を取り上げてみている。


「石集めが趣味なのか?」

 俺は首を横に振る。

「……ワインが飲みたかったのか? 瓶を見ていたが。あれは成人しないと飲めないぞ」

「ガラス! ガラスだったから!」

「ガラス?」

「灯りのね、器の回り、綺麗だった」

「灯り?」

「火を使ってない灯り。書庫で見たの」

 俺は、ベッドを降りて、コランダムの傍に行き、石板を手に取った。そこに、台形のランプシェードを描く。絵はラヴァだ。

「こんなの、作りたい」

 コランダムははっとして石と俺を見る。


「待て、焚き木で砂を燃やしてたな?」

「ガラス、作れるかと思って。ほら、これ」

 川底で浚った砂の中から石英のかけらを摘まみだす。小さすぎて、砂ごとだったが。

「いっぱいあったらあの瓶みたいなの、作れるかなって」

 コランダムは驚いた顔になって片手を顔において笑いだした。

「ははっはははは! まいったなあ、こりゃ」

 俺はきょとんとした顔で、笑うコランダムを見た。何がツボにはまったんだろうか。

「肩にいる、それは、これか?」

 トントンと、指先でランプの絵を指す。

「え、あ……」

 どうしようかと視線を泳がす。圧を感じて頷いた。

「サラマンダーのラヴァ、です。ご挨拶」

 ラヴァを両手に乗せて、コランダムの顔の近くに差し出す。

(あいさつ?)

「そ、挨拶。よろしくっていうの」

(よろしく)

「……驚いた。俺にも声が聞こえたぞ。火の精霊と契約してるのか」

「契約?」

(してる!)

「ああ、そういえば、魔力をあげる約束を……確かここ噛まれた」

 首筋を見せた。それを見たコランダムは何とも言えない顔をして、はあとため息を吐いた。


「よし、坊主、俺の弟子になれ」

「弟子?」

「俺は錬金術師だ。ガラスくらい作れるぞ」

 錬金術師って、賢者の石とか、エリクシルとか作る?

「錬成、成型、ああ、量が足りないな。まあ、こんなもんだろう」

 砂に手を置いたコランダムが呟くとぞくりと背筋が震えた。

「え? なになに?」

 コランダムが握った手を広げると、小さな小さな、ガラスの粒があった。

「ガラス?」

「そうだ、ガラスだ。足りないものは魔力で補ったから、これはすぐ崩れちまうけど」

 ほい、とガラスの粒を俺の手の上に置いてくれた。

「ガラス~~!」

 小さくても、ガラスの粒だ。ガラスビーズにもならない、砂粒よりちょっと大きいくらいの、ガラスの粒。

「俺の弟子になれば、できるようになるぞ」

「なる! 弟子になる!」

「師匠と呼べ」

「師匠!」

 コランダムは満足げに頷くと、俺の頭をくしゃりと撫でた。

「もう、不審者じゃないな。おやすみ」

「おやすみなさい!」

 コランダムは笑って出て行った。


 俺はラヴァを抱えて部屋を走り回った。

 ガラスが作れる! ガラス工芸作家の道が見えてきた!

 はしゃいで疲れてベッドに入った俺はラヴァに魔力を限界まで搾り取られて、気絶するように眠りについた。

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