第14話 近づく誕生日
子供舌な俺はまだ、野草のおいしさを見つけられないまま、学習内容は基礎学習を終えて一般教養に踏み込んだ。え、錬金術は?
「歴史?」
「自国のことを知るのは大切だぞ」
「そうなんだ」
「地理もな」
そう言って師匠が広げたのは前に見た地図。一つの大陸が載っている。周りは海。
「この東の一帯が我が国、オーア王国だ。東の海に面し、北側に霊峰が走り、それはここ、西側の国境まで連なる。この霊峰のふもと、ここが、ルヴェール男爵領だ。この男爵領に隣接する、ソア子爵領、その隣、デュシス公爵領、そしてこの中央が王都、東は王家の直轄領だ」
師匠は地図の右端をぐるりと囲う。もちろん自国を大きく描くのは常だから、大きめだ。この大陸も誰が調べたのかな? 他国の地理は軍事機密だと思うけど……商人?
「南のこの大きな湖を背にした南側が辺境伯領だ。この湖に注ぐ大河は霊峰から流れ出て、南側をぐるっと回り、海に繋がっている。この大河を隔てた向こう側はドマド帝国、西側は聖シリウス皇国だ」
「隣国に行くの、大変そう」
「ああ、だから攻め込まれにくい。南側はたまに小競り合いをしているが、その程度だ。どちらかといえばこの魔物の生息する森の方が問題だ」
師匠の指さす森はすぐ近所にある森。そして領地間にある山や森。
「森は全部魔物が出るの?」
「ああ。魔物は脅威だが、同時に資源にもなる。魔石は魔物の心臓にあるからな。これがないと魔物とは言えない」
「魔物じゃない動物っているの?」
「ごく少数だがいるな。大抵は小鳥や家畜だ。森で狩る食肉になるようなものは魔物が多い。馬車を挽く馬も魔物だな。魔物を飼いならすと騎獣になる。ルヴェール男爵の乗る馬は魔物だぞ」
「え!? すっごくデカくて強そうだって思ってたけど」
「迂闊に近づくなよ。強い騎獣は主と決めた者以外には攻撃することもあるからな」
「はい!」
気を付けよう。
それからいろいろ、特産物とか教わって、貴族名鑑とやらを押し付けられた。
「覚えさせてくれと厳命を受けているからな。十歳になるまで、頭に叩き込むように。時々テストするぞ」
「ひえええええ」
「返事は?」
「はい!」
日課が増えた。貴族名鑑、厚みが半端なく、重くてよろけたもの。憂鬱だあ。
◇◆◇◆
日差しが日に日に強くなっていって俺の六歳の誕生日が近づいてくる。
なんとなくそわそわする。
「なんか朝から落ち着きがねえな。どうした?」
「なんとなく?」
「なんとなく?」
揃って朝食の席で首を傾げた。そうしたらイオも首を傾げた。ローワンが彼にしては珍しく、身体を震わせていた。
「もうすぐ誕生日。六月一日なの。六歳になるんだ」
「お、めでたいな。そうか、六歳か」
師匠が手を伸ばして俺の頭を揺さぶった。
「じゃあ、ちょうどいいな」
「?」
首を傾げていたら、何か騒がしい。ローワンが、朝食室を出て行った。
「来たな」
にやっと笑った師匠の顔は、なんだか腹黒っぽかった。
朝食が終わってイオとネリアが部屋に戻っていった。俺と師匠も午前中の勉強のために部屋に戻る。
「ちょっと本を見ていろ」
師匠が見ていろといった本は手書きで、メモ書きも見える。
「んん??」
これ、錬金術のレシピ?
ノックが聞こえて師匠が戻ってきた。
「開けてくれ」
「はい」
言われて扉を開けると師匠は両手で鍋を持っている。黒い取っ手のない鍋?
「師匠、何それ」
「錬金鍋だ。調合に使う」
「え、錬金鍋」
先ほど見ていた本を見ると、載っていた。
「こ、これ?」
「そうだ。ちゃんと予習していたな。他にもいろいろ道具が必要なんだが、まあ、これが基本だ」
うわー、ファンタジーだ。ファンタジー! 俺は錬金窯を見て、師匠の周りをうろうろした。
「めちゃめちゃ、テンション上がってるな」
「師匠、使うの? 使うの?」
「待て待て、言っただろう? 工房が必要だって」
「うん」
「離れを今改装中だから、出来上がったら、調合をしよう」
んん?
「改装?」
「建築工房がやっと到着したからな。ちょっと見学するか?」
「する!」
霊峰を後ろに屋敷を見ると左側に離れがあった。本来は使用人が寝泊まりする宿舎なのだけど、現状、ローワンもネリアも本館に部屋を持っている。師匠は客人なので客室にいる。
誰も使ってない離れは時々掃除はしているものの、老朽化が進んでいた。
その離れに十人ほどのやや背の低いがっちりした職人の集団が目まぐるしく動いていた。
手にした羊皮紙を睨みながら職人たちを見ている、髭が長い男性に師匠が近づいた。
「ラント殿、お久しぶりです」
「いや、なに、呼んでもらえて、光栄ですよ。ヴァンデラー師」
がっちり握手している様子をぽかんと見ていた。
「いや、遠いし、急だったので、受けてもらえるか心配してたんだが、来てくれて感謝する」
「錬金術工房に改装でよろしいか?」
「ああ、思い切り立派なのをお願いする。薬の調合、魔術具の作成、合金などもやりたいからね。中に毒素がとどまらず、音も聞こえにくく、火災に強いものに頼むよ。仕上げは私が付与するから」
「わかりました」
「工期を厳しくしてすまないね」
「いえいえ、たっぷり弾んでもらいました」
「よろしく」
口を開けてみていた俺のところに戻ってきた師匠に頭を揺らされる。
「どうした?」
「髭、髭が」
「ああ、ドワーフ族だからね。初めてか? 見るの」
こくこくと頷く俺に師匠は笑う。
「ものづくりの得意な種族だから、建築工房や鍛冶工房を職にすることが多いんだ。錬金術で鉱石を扱うし、鍛冶工房から素材の精錬を頼まれることもあるからね。持ちつ持たれつな関係なんだよ。彼らとはお得意様関係かな」
「すごい! めっちゃ早く動いてる!」
「素晴らしい職人たちだよ。さ、勉強に戻ろう」
その素晴らしい職人さんたちはリフォームの匠で、修繕が必要だった離れはピカピカの錬金工房に生まれ変わったのでした。一週間で。すご!
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