第153話 バーナーと新しい機械

「さて、あの炎の動きを再現できるかどうかなんだが」

 ドワーフさんたちの鍛冶工房で一番偉い人、ジュロンが唸りながら言った。

「両手はガラスから離せねえ。だから、口か足かって話になるが」

 口は別に使うから足一択だなあ。

「足で調節できるようにお願いします!」

 思わず身を乗り出して言ったらジュロンが後ずさった。

「お、おう、わかった。それとな、ヴァンデラー師に頼まれた、ええと、ガラスに溝を掘る機械を持って来た」

「ありがとう!」

「やっぱり坊っちゃんが使うのか」

「えへへ!」

「ご機嫌だな。炎の温度を上げるには、火属性の魔石を使って出力調整の方向で行こうと思うんだが……」

 ジュロンが言うと他のドワーフさんもいろいろ意見を言い出す。

「風属性の魔石も使うのはどうだ? 風を送って炎をもっと燃焼させるんだ。鍛冶の時に炉に風を送り込むだろう?」

「いや、魔法陣を使うのはどうだ。術式で温度を制御するんだ」

 ドワーフさんたちの意見に師匠も口を出す。

「魔法陣なら俺が描こう」

「ヴァンデラー師の付与なら間違いはないな」

 それから白熱した会議が始まって、俺は一歩離れて見ていた。

 ハンスはじっと、俺が作ったガラスペンを見つめていて、作業場から動かなかった。


 なんとなくわかる。俺だって初めて見た美しいガラス細工に憧れて、この世界でも再現できないか、模索中だ。

 前世で培った技術は俺の中にある。

 それがこの世界でも使えるように、道具を揃えてくれたのは師匠で、協力してくれたのは父や、ドワーフさんたちだ。

 まだ成人もしていない子供のたわごとを真剣に受け止めてくれて、今がある。


 ハンスはこの世界のガラス職人だ。

 この世界でのガラスの製造方法を教えてくれたのは彼で、錬金術に依らない、透明度を増したガラスの開発もしてくれた。

 彼の職業のおかげか、器用で、性格も真面目で、勤勉だ。

 その彼は流されるままガラス職人になったと言っていた。祝福の儀で攫われるようにガラス工房に弟子入りさせられた。

 それでも、新しい技術に目を輝かせる彼はやっぱりガラス職人だ。


 ガラスの精霊が彼の周りを離れない。

 きっと彼はガラスで何かを成すはずだ。ハンスがガラスを見るあの目を知っている。それは俺もそうだからだ。

 俺もきっとあんな目をしている。心の中の情熱があんな目をさせる。


 作りたい。素晴らしい作品を作りたい。


 彼は今、工芸作家への道のスタート地点にいる。

 俺が知るテクニックはハンスに全部教えよう。きっと再現してくれて、もっと素晴らしい物を作ってくれる。芸術品にふさわしい作品を。

 その作品にはきっと、ガラスの精霊が祝福をしてくれるはずだ。


「ハンス! 新しいバーナーができるまで、このバーナーでできる色の付け方、教えるよ!」

「……ルオ様! いいのですか?」

 ハンスは期待に満ちた目で俺を見た。

「うん? だってハンス、作ってみたくてうずうずしてない?」

「……う、うずうず?」

 ハンスは視線を彷徨わせた。

「ガラス職人のハンスは絶対、素晴らしいガラスペンを作るよ!」

「ルオ様……」

 まずはフューミングかな? 炎で作る模様はバーナーが仕上がってから。

 切子細工も作りたいし、いろいろやりたいことがいっぱいだ!

 楽しい!

「じゃあ、早速……」


 俺はガラス棒を手に取った。

 その手首を師匠に握られた。

「ルオ、もう夕飯の時間だ。それも少し遅くなってしまったから、急ごう」

「え? はい」

 そう言えば工房内が暗くなっていた。俺はしぶしぶガラス棒を離した。

「ごめんね。また明日……」

「い、いえ! 大丈夫です」

「みんな出ろ! 施錠する!」

 師匠がみんなを追い出しにかかった。

 細工室に浮かぶガラスの精霊に見送られて、俺たちは工房を出た。


 明日と言っておきながらその明日は学院だったため、次の休日までハンスに教えるのはお預けになってしまった。

 ハンスに謝ると畏れ多いという様子で、慌てていた。ハンスは休みまで、ガラス棒と管ガラスとペン先の作製を頑張るんだそうだ。

「師匠、材料の砂、発注しておいてほしいな」

「まさか、あの在庫がなくなるほど使うのか?」

「うーん、ハンスがどのくらい試作するかによるけど……あと金と銀の箔がいっぱい欲しい」

「浪費家だな! もっとポーションを作らないとダメだ」

「えええ~そこは献上品を作るための経費! 経費で!」

「ダメだ。錬金術の方の勉強も待っているぞ」

 ガラス! ガラスが待っているのに~!!

「わかりました」

 とりあえず学院行かなきゃ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る