第71話 領を視察しよう

 父はぐてんぐてんになって帰宅した。

「あなた。飲みすぎもほどほどにしないと、ダンジョンに一か月ほど籠ってもらいます」

 と母が言ったとか、言わないとか。とにかくすっごい怒られたそうだ。

 母が朝食の時機嫌が悪かったから、多分、正しいね。


「すまない、ヴァンデラー卿、酔い冷ましの薬とかは……」

「薬そのもののレシピは知ってますが、作ってませんね。そもそも素材を取りに行かないと作れません」

 父が絶望を顔に浮かべた。父からめっちゃお酒の匂いがする。

「自業自得です」

 声が低いよ、母!

「あー……すまないが、家族全員で領内の村を全てあいさつに回ろうと思っている。子爵規模の領になったことで、領都の建設をするべきではないか、と侯爵に提案された。この屋敷や元々の村にはあまり立ち入って欲しくない部分もあって、この際、私も作るべきだと頷いた形だ。各村を見回って領都にするべき場所を決めようと思う」

 父がそう言うとみんな頷いた。

「出発は三日後にしようと思う」

 それから支度に奔走し、三日後馬車と荷馬車で出発した。


「今、うちの領の村は四つ。元々のうちの領の村、この村を本村と呼ぶ。壊滅した村が、今工房の立ち並ぶ職人の村になっている。これを職人村と呼ぶ。放棄された村は今難民ばかりが暮らす村で、人口は百人ほどになっている。そして、以前泊まったティツ村、人口二百人程。二つとも農村だ」

「失礼、ダンジョンの周辺に町を興してませんか?」

「そこはもう、町規模だ。だが出入りの激しい冒険者主体だからな。正直持て余している」

「あなた、そこは私に任せるとおっしゃったではありませんの?」

 びくっと父が体を震わせた。

「そうだな。そうだった」

 父が視線を逸らした。母はカリーヌが居なくても、服飾工房関係に携わるつもりなのだろう。

「ま、まずは難民が暮らす村だ」

 そこは一番、本村に近い場所に位置する村だ。

 馬車を降りたとたん、あの荒廃した空気は消えていたのを感じた。

 父が村長に話をして、村を見て回った。

 畑は麦が刈り取られた後で、村の皆も顔色が良い。

「収穫の方は」

「はい、去年より増えています」

「それならよかった」

 父が子爵領となったことなどを村民に周知した。ここには泊まらずに一番侯爵領に近いティツ村に向かった。


 ティツ村は以前より活気のある村になっていた。子供の姿も多くなった。

 ここに一泊して、村民に父の子爵叙任の話をし、領主一家だということを周知した。

 この村が一番ソア子爵領の時のままに近いので戸惑いの表情を浮かべる村民もいたがソア子爵家が絶えたのを聞いて、何故かほっとしていたのが印象的だった。


 次に向かったのは職人村。ガラス工房のある村だ。屋敷から向かうと六時間なのだけど、ティツ村からは往復の距離分かかった。

 間には森があり、街道もガタガタで整備されているとはいいがたい。

 職人村に着くと、活気のある様子が見てとれた。忙しく行き交う人々や、威勢のいい声。

 真剣な職人たちとその家族。サポートをする人たち。

「この村は今のルヴェールの要の村ですね」

 師匠が父に言う。

「ああ。うちの産業を支える村で、職人が引き抜かれたら、とてもまずいことになるのはわかっている」

 この村は一から父が立ち上げたからみんな俺たちが向かうと声をかけてくれた。

 みんなに子爵になったこと、俺たち一家の改めての顔見せを行って、一泊してダンジョンの街に向かった。


「ダンジョン行くの?」

「違うぞ、ダンジョンの前にできている町に行くんだ」

「ダンジョンは行かないんだ」

「ルオ、そんなにダンジョンに行きたいなら準備を入念にしてからならいいわ」

 母がきりっとした顔で言いだした。

「ええ、カリーヌの代わりを見つけなければと思っていたの。見つかるまでの繋ぎになってくれないかしら?」

「え、ええ?」

 俺は父と師匠の顔を見た。

『とりあえず頷いておけ』

 二人の声が聞こえた。

「う、うん」

「僕も行くー!」

「イオは十歳になってからね?」

 母がイオを止めた。

「僕も兄様と行きたいな」

 皆が胸を打ち抜かれたが、さすがに母も首を縦には振らなかった。


 初めて見るダンジョンの町。活気のある様子。冒険者らしき武装した人々。

 冒険者ギルドのマークのある建物、そして。

 母の屋敷。

 母の屋敷!?

「あら、ルヴェール子爵家の屋敷よ」

 母が拠点にしていたダンジョン攻略の別宅のことだった。そういえば薬師ギルドやなんやら誘致したって聞いていた。

 一旦、別宅に落ち着き、疲れをとってから視察に行くことになった。

「冒険者いっぱい歩いてた」

「そういえばルオは冒険者と聞いて目を輝かせてたな」

「あんまり王都の冒険者ギルドは印象よくないけど。ダンジョンを攻略するなら冒険者なんだよね?」

「そうだな。ダンジョンに資源がある場合は必要になってくる人材だ」

「ダンジョンに入ってみたいけど、カリーヌみたいに母様とずっとっていうのはちょっと」

「そうだな。俺もそう思っている」

 師匠も視線を逸らしながらそう言った。ルヴェール領のヒエラルキーで一番上位に位置するのは、母に間違いがなかった。





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