第39話 ギードとカリーヌ

 夕方、いつもは父による剣術の時間だけど、忙しいのかローワンが来た。ギードとカリーヌも、修行ができる服に着替えていた。

「この時間は旦那様による剣術の指導が行われますが本日は多忙のため、私が行います。旦那様が得意なのは大剣ですが私は短剣術のほうが得意です。普段は片手剣ですがね。ギードとカリーヌは剣術も教えますが主には短剣術の方を覚えていただきます」

「はい」

「はい」

 二人の声がひっくり返っていた。そうだよねえ、行儀見習いで剣術って、特に令嬢はないと思うんだよね。

「たんけん!」

 イオが言うと探検に聞こえるね。

「もちろん、ルオ坊ちゃま、イオ坊ちゃまにも覚えていただきますよ」

「わ~い!」

 飛び上がって喜ぶイオは大物だな。俺は嫌そうな顔をしたのを見抜かれたのか、ぎろりと睨まれた。視線を逸らして頷いた。

「……はい」

 とはいっても、二人は全然鍛えてないみたいで、体力づくりと型の素振りに終わった。

 短剣は初めてなので、俺とイオも素振りから。イオは剣術の時間はめちゃくちゃ生き生きしてるなあ。

 父ができない時はローワンが変わってくれてたけど、普通に剣術の指導だったから、知らなかったなあ。短剣術、暗殺者みたいでかっこいい。

「ルオ坊ちゃま、よそ事を考えてると死にますよ」

 首筋に木剣を当てられてヒヤッとする。

「はい! 集中します!」

 それから無心で剣を振った。空が夕焼けに染まる頃、鍛錬は終わった。

「ギード、カリーヌ、すぐに仕事ですよ!」

「はい!」

「はい!」

 二人の声が涙声だった。頑張れ!


 夕食は今日は師匠も一緒だった。ギードとカリーヌがローワンとネリアに指示されて給仕をしていた。イオも一人で何とか食べられるようになって、マナーも少しずつ覚えている最中だ。うちは晩餐というレベルではないけれど、食卓は豊かになってきている。

 行商人さんのおかげで、色々な香辛料も手に入るようになったしね。塩は岩塩ではなく東の海から作られた塩だとか。ということはにがりがあるって事かな?

 豆腐とか作れちゃう? 俺が妄想にふけっていると師匠が切り出した。

「明日、ルオとイオは収穫祭で買い物だな。午前中に行くから座学は午後にしよう。ギードとカリーヌも、連れて行くように言われているから一緒においで」

 夕食の給仕をしていた二人が「はい」と返事をして頷いた。

「買い物だ! なにかいいのあるかな? 楽しみだなあ」

 俺は顔が緩むのを抑えきれずに声をあげた。侯爵家の商隊だもの! いろいろ珍しいものがあると思うんだよね!

「おっかいもの~~!」

 イオは相変わらず可愛い。でも、スプーンは振り回さないように。


 今日はギードに寝る支度をしてもらった。浄化の魔法使えるんだね。

「おやすみなさいませ」

「うん! おやすみ!」

 ギードは灯りを消して出て行った。部屋が真っ暗になって、ラヴァが浮かび上がる。

「明日、お買い物だって! 楽しみだね!」

(楽しみ? 楽しい!)

 ラヴァが胸の上でぐるぐる回って俺は即寝落ちた。


 快晴! お買い物日和だ!

「走るな。市は逃げないぞ」

 さすらいの旅人モード(目が髪に隠れている)の師匠が浮かれて走る俺に注意をした。

「はーい」

「はあい」

 イオも走っていたけど、同じようにぴたりと止まった。

「そういうところは兄弟だなあ」

 師匠はくすくす笑ってイオを抱えあげた。肩車になった師匠は、イオを見上げる。

「どうだ? 高いか?」

「高い~!」

 キャッキャと笑うイオは天使だ。ギードとカリーヌはきょろきょろしながらついてくる。時折、師匠の顔に胡乱げな目を向けるがさっと逸らしている。そうだよな~今の師匠は不審者に見えるからな~

「あっちに行くと川があるよ」

 ギードとカリーヌに村の方ではなくいつもの河原に行く道を示した。

「ルオの縄張りだな。石拾いの」

「鉱石収集って言って!」

「はいはい」

「はいはい」

 師匠のおどけた返事にイオも真似して言う。

「石拾い?」

 ギードが首を傾げる。

「ああ、ルオはな、石の中に含まれる鉱石に興味があるのさ。それを抽出して利用したいんだそうだ」

「だって掘らなくても利用できるのが転がってるんだから使わない手はないでしょう!?」

「ちなみにな、こいつ五歳の頃からこうなんだぞ。面白いよな」

「面白いって、師匠!! 幼児に坑道掘れとか言わないよね?」

 ギードとカリーヌは目をまん丸にしている。

「え、ヴァンデラー師、いつからルオ坊ちゃまの師匠に?」

 カリーヌが目をぱちぱちさせて聞く。

「んん? あれはルオが五歳の夏? 川の底を浚ってたところに声をかけた時かな?」

「え? それは出会いでしょ?」

 俺は首を傾げた。

「川の底を浚って?」

 カリーヌが首を傾げる。

「ガラスを作ろうと、砂を川底から浚ってたんだっけな」

「結果的に上手くできなかったけど! あとで成功したんだから正解でしょ? あの時は師匠が錬金術使ったけど」

「待ってください、ガラスの製法はガラス工房ギルドの秘匿技術ですよ?」

 ギードが慌てたように言う。

「そうだな。俺も知らない。鑑定して初めて知ったな。成分なんて」

「え? ドヤ顔で作れるって言ってたのに?」

「そこはほら、大人の事情だよ?」

 ギードとカリーヌがぽかんとしていた。


「炎の色は何色だ?」

 突然、師匠がギードとカリーヌに問う。

「赤です」

「赤です」

 師匠がドヤ顔で俺に振り向く。

「ほら、普通はこうなんだよ」

「師匠、何が言いたいの?」

「炎の色は?」

 そこで聞いてくるかな? 師匠に教わってないけども。

「通常焚き木くらいだったら赤。温度が高ければ白から青。いろんな状況で、緑とか黄色とかもあるかも?」

「な、面白いだろう?」

 師匠の鼻息の荒さにギードとカリーヌが引いた。

「なんでそこで面白いって出るの~!?」

 思わずぽかぽかと師匠を殴る。師匠は笑いながら逃げた。

「おもしろい~あにうえ~」

 イオもなんでそこで突っ込むの~!?

「なるほど、賢者様の弟子たる資格はそこですか」

 ギードは肩を竦めるとそう小さく呟いた。

「そういうものかしら」

 カリーヌもぼそりと呟いた。

 そんなギードとカリーヌを置き去りに走り出した師匠を追いかけた。

 走るなって言ったのに!!


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