第40話 リンゴのお酒と収穫祭

 市が行われている広場に着いた。

 村の改造によって広場は立派な石畳になって、泉も設置されていた。その泉の側に精霊教会がある。その作りの美しさから広場のシンボルになっている。

 メインは侯爵の商隊だけれど、ドワーフさんたちが何軒か出店をしていた。

「うわ~」

 いつもの商隊より物がいい。俺でも一目でわかる。ちょっとした贅沢品もあって、今の村人でも少し無理すれば手が届く感じだ。

 敷布もカラフルで、馬車自体が店舗になっているのもあった。

「すごい!」

「いろいろありそうだな」

「すごいすごい~!」

 まだ肩車中だったイオは師匠の頭の上で手を叩いた。ギードとカリーヌも、きょろきょろと周りを見ている。

「とりあえず、先に声をかけとくか」

 師匠はドワーフさんたちが出店している区画に向かった。

「おお、ヴァンデラー師、見ていくか?」

 ドワーフさんの見分けは正直あんまりできてないけど、このドワーフさんは確か村に移り住んだドワーフさんの中でリーダー的な人だった気がする。

「ああ、それもいいんだが、一つ話があってな。木樽をたくさん作って欲しいんだ」

「収穫物なら木箱で十分だろう?」

「……酒樽用なんだがな」

「おお! 幾つだ? そりゃあ、大量なんだろう?」

「作れるだけと言いたいがそうだな、いろんな種類の木樽を十個づつだな。味や風味に変化が出るか試したい。ワイン樽くらいの大きさで頼む」

「できたら屋敷に運ぶのか?」

「それで頼む」

「おう! 試飲には呼んでくれ」

「試飲するならサービスしてくれよ」

「後で見積もり持っていくよ」

「ああ、よろしく」


 交渉の前に師匠の肩から降ろされてたイオがとことこと、剣や防具を売っている区画に向かう。

「あ、イオ! 一緒じゃないとダメだよ?」

 慌てて手を掴んで一緒に向かう。イオはきらきらした目で俺を見上げた。

「たんけん!」

「え、短剣が欲しいの? 危ないよ?」

「これ!」

 飾り気はないが丁寧な造りの短剣をイオが指差す。あー、ローワンの短剣術が印象的だったのかな?

「どうした?」

「師匠、イオがこれ欲しいって」

「短剣か? ああ、昨日ローワンが教えてたな。そのせいか?」

 うーんと唸ると売ってるドワーフさんに視線を向ける。

「すまないな、鞘が抜けないようにロックをかけたい。封印術は俺がかける。それでだ、こういう細工はできるか?」

 何やら師匠とドワーフさんでこそこそと話してる。あ、終わった?

「いいか、イオ、十歳になるまで、この鞘を抜いてはいけない。十歳になっても、真に必要な時しか、抜いてはいけない。それが約束できるならこの短剣はイオのものだ」

 イオの目線に合うよう師匠はしゃがみこんで真剣な目で見つめる。ごくりとイオが唾を飲み込んで頷く。

「約束する!」

「ようしいい子だ! ただ、ちょっと手に入るのに時間がかかる。待てるか?」

「待つ!」

「イオはいい子だなあ」

 師匠はイオの頭をぐりぐりと撫でまわした。イオが笑顔になる。尊い。師匠はドワーフさんに向きなおると革袋からお金を出した。

「よし、それで頼む」

「まいどあり~」


 それからいろいろ見て回る。服飾系がたくさん置いてある区画でカリーヌが足を止める。布地や糸などに目が行っている。

「なにが欲しいんだ? 買うぞ?」

「え?」

 カリーヌがびっくりした目で師匠を見る。

「今日の俺は財布だ。ギードも欲しいものがあったら言え。予算の範囲で買っていいと、領主様から言われている」

「え? は、はい」

 カリーヌが嬉しそうに、頷くと、今度は真剣に選び始めた。

「ありがとうございます。その時は声をかけます」

 ギードも嬉しそうに頭を下げた。周りを見る目が真剣になった。

 そういえば、採集した中に藍に似た草があったなあ。色がない服の人が多いから、染められたらいいな。白生地のものに目を向けた。布地は綿とか、麻かな?


 俺は師匠の服を摘まんでチョイチョイと引っ張った。

「師匠、侯爵家の人が着ていた服ってなんの布地なの?」

「んん? 俺は行ってないから想像で言うがいいか? 貴族の上位階級が着るのは大体がシルク生地と呼ばれる魔物が出す糸から織る高級布地だな。大抵は中級程度の蜘蛛型魔物の糸袋、もしくはテイマーの飼う蜘蛛型魔物が生産している糸からだ。危険が伴うから、値段が跳ねあがる。他にも糸を出す魔物はいるが、高級とされるのは蜘蛛型魔物の糸だな」

「そうなんだ。あんまり違うからなんだろうなって思って」

 あの時は一張羅だったけど、蔑みの視線、あったものな。そんな高級物しか着てなかったら、みすぼらしく映るかもしれないな。

「そのうち一着は作るだろう。デビュタントがあるからな」

「デビュタント?」

「成人した貴族の子供が一斉にお披露目するんだよ。集まった貴族や王族にな。その時ダンス必須だからな。そのうち練習させられるぞ」

「ダンス!??」

 そんなの絶対嫌なんだけど!?


「すみません、これとこれが欲しいのですけど」

 騒いでたらカリーヌが遠慮がちに声をかけてきた。白地のちょっと高級そうな布地と、刺繍糸だった。糸はカラフルなので、糸を染める技術もあるんだよな。色のついた端切れも売ってるけど、高いらしくあまり売れてない。布を染めるのか、糸を染めたものを織ってるのか、全然わからないな。

 師匠がお会計を済ませると、カリーヌは買ってもらった糸と布を入れた袋を大事そうに抱える。

 女の子はやっぱり刺繍とか手芸が好きなのかも。

 俺も白生地の小さな端切れを五枚ほど、買ってもらった。

 ギードは手紙用の羊皮紙だった。この世界、植物紙はないんだろうか?

 家にある本も羊皮紙だった気がする。


 そうしてぐるっと回って終わりに近づいたころ、俺はとうとう出会った!

「師匠~」

「皆まで言うな。わかった」

 ガラスの瓶だった。透明ではないけれど、そこそこ向こうが見える薄緑色のガラス瓶。蓋はついているが、密閉式ではない。ジャム瓶に近い形で、大きさはさまざまだった。

「全部買いで!」

「買えるか!」

 ガラスの瓶はかなり高級でした。全部は無理か~やっぱり。取捨選択を迫られてジャム瓶に近いのを一つ、手桶くらいのを二つ買ってもらった。あとで屋敷に運んでもらうことになった。

「これでリンゴのお酒、できるね!」

「あっ」

 師匠がはっとした顔で、中間くらいの瓶を二本追加で買っていた。師匠……。

 イオが眠たそうになったところで屋敷に戻ることになった。あの商人、ガラス工房から仕入れているんだろうな。どんなところなんだろう。

 俺はちらちらと広場を振り返りながら、家路についた。

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