第59話 謁見後

 疲れ切った一団が帰ってきた。

 カルヴァが俺の前までやってきてにこにこしていた。

「ありがとね」

(お安い御用よ! お礼は新しいお酒を造ること!)

「師匠に相談する」

(うふふ~)

 カルヴァは師匠の周りをくるくる飛び回ってた。そして師匠に何か言われたらしい。以後は肩の上に座っていた。

「イオ!」

 母がイオを抱きしめて離さなかった。癒しだからね。イオ。きょとんとした顔も可愛い。わからないながらも母の頭を撫でるイオは天使。


「ルオ、後で話があるから、呼ばれたらきなさい」

「はい?」

 何の話なんだろう? みんなは着替えに部屋に戻っていった。

「なんだろうね。ラヴァ」

(なんだろ~)

 勉強道具を片付けると、メイドさんが服とか直してくれた!

 すごい、貴族みたい。あ、男爵令息だった。

 でも、うちは貧乏だったから、感覚がほぼほぼ平民なのは抜けないんだよな。


 メイドさんが呼びに来て、父がいる部屋に向かう。

 応接室とかではなく、執務室に呼ばれた。師匠の寝室の近くにある書斎みたいな部屋だ。

 ノックをしたら扉が開かれた。

 師匠と父がいる。執務机が奥にあり、書棚と、応接セット。補佐の執務机らしい小さめの机が二つ。

 父と師匠はソファーに座り、紅茶を飲んでいるようだ。ふわっと香りが鼻を擽った。


「ルオ、ここに座りなさい」

 父の対面のソファーに座ると、ラヴァが肩からテーブルの上に飛び乗る。

 そうすると、俺には冷たい麦茶、ラヴァには小皿にジュースを出してくれた。お茶を出し終わるとメイドさんは出て行った。

「ルオには少し難しい話をしないといけないんだ。わからなかったら質問しなさい」

 父が神妙な顔で言う。これはあれかな? 昼間の謁見絡みかな?

「はい」

「いい子だ」

 父が相好を崩して俺の頭を撫でる。手は武人の手なんだよね。皮が厚くて硬くて大きい。俺の手はまだぷよぷよだ。

「あー、ルヴェール家は子爵位となってソア子爵領の大部分と元々の領地がルヴェール子爵家の領地となった。ルオは子爵家の令息となった。それでだ、元の男爵位も所有していいと王の許しが出た。こういう下の爵位を複数持つのは大貴族、それも侯爵位くらいないと、あり得ないのだが……」

 一旦父は言葉を切って紅茶で喉を潤した。

「ルオは嫡子で、ルヴェール家の後継ぎだ。しかし、イオは次男で子爵位を継承しない、よってイオが後に男爵位を相続し、領地の代官となるか、男爵領を区分けして治めてもらうかになる」

「イオも爵位をもらうの?」

「そうだ。もちろん一代限りの爵位ではないから、イオの子供は貴族の子ということになる」

「僕、男爵領くらいは何とかできるかもしれないけど、子爵領は難しいかも。工房があるから」

「何を言いだすんだ。ルオは嫡男だぞ。跡継ぎなんだ。今からしっかり勉強して……」

「勉強も剣の修行も、魔法の修行もしてるけど、僕のやりたいことじゃない。僕はガラスの芸術品を作りたい。やっと、領にガラスの工房ができて、いろいろできるようになったんだ。もっとガラス製品を発展させたいんだ」

「ルオ」

「錬金術は僕の授かった職業だし、師匠に教わるのは楽しい。調薬も好きだし、採集も好き。ガラスの発展のためなら何でもできる。でもきっと領政に全てをかけられるかというと、かけられない。誰か、素晴らしい代官に任せてっていうならできると思うけど、領主としては半人前だと思う。イオが継いだ方がいいかも」


「言っただろう? こうなるって」

 師匠が肩を竦めた。

「ああ~やっぱりか! だから侯爵にあれほど!」

 父が両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

「侯爵もソア子爵領がああならなければ悩まなくてすんだろうが。今頃胃を押さえてるかもしれない」

「陛下が言うことに逆らえんだろう! わかってはいるんだ」

「ルオ、まだ成人には時間があるし、ご当主はこうしてあと二十年は大丈夫そうだ。その件はイオも将来の道筋が決まった頃にまた、相談しよう。でも、言っておくがこの貴族社会は長子相続が一般的で、それをしないのには長子に問題があると言われてしまう可能性はある」

 師匠が俺を諭す。

「はい」


「じゃあ、次だ。ルヴェール紙に関してだ。あれも製法を登録しただろう?」

「はい」

 そういえば侯爵家主導で大産業にするとか言ってなかったっけ?

「侯爵家ゆかりの貴族家すべてで、製紙業を興すことになった。侯爵家筆頭で、他の貴族家それぞれで、製紙工房を作る。幸い、どこの貴族家の領も川が通っていて水源には事欠かない。製法はルヴェール紙だが、売り出すときに『和紙』とつけることになった。寄り親寄り子一丸となって売り出すからな」

「話が大きくなってるし!」

「大丈夫だ、ルオ、懐にがっぽがっぽ入るようにしてやる」

「師匠、そうじゃないよ! 父様!」

「紙をどうしましょうかって相談しただけだったんだよ。新しい紙だったから、侯爵に紙を見せて、陛下にも一応話を通しておいた方がいいと……なぜこうなった」

 父様が遠い目になったよ!

「悪いな、ルオ、お前のアイディアなのに」

 父様がすまなそうな顔をして俺を見る。いや、それは前世の和紙職人の成果なんだよ。


「僕、基本、ガラス以外のことはできる人がやればいいと思ってるから。それが領の財政に寄与するなら、どんどんやっちゃって! 父様! それでエリックが一品おかず増やしてくれたら嬉しい」

「ありがとう。ルオ」

 父様が俺を抱きしめた。

「新しいお酒作る約束してるからその時間作って欲しいな」

「新しい酒!?」

 父と師匠はそろって声をあげた。

 ここは日本酒でしょう! 米も大分生産量増えたしね!

 土の精霊の皆さんの協力と神業農業師さんが大活躍して品種改良してくれて、甘くて美味しい米の品種と、酒の製造に向いてる品種を作ってもらったんだ! あー収穫が楽しみ!

(約束だものね!)

 カルヴァの嬉しそうな微笑みに俺は頷いた。

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