第43話 冬支度(三)

 カルヴァは師匠の周りをくるくる回っている。彼女の後ろには光の軌跡が見える。やっぱり、カルヴァは俺と師匠以外には見えないようで、師匠の憔悴ぶりは仕事が忙しいからだなっていう目で見られたみたい。

「座学はしばらく休止だ。冬支度の手伝いや採集物の選り分けが先だ。ギードとカリーヌにも付き合ってもらう」

「はい」

「はい」

 ギードとカリーヌはほっとした顔で頷いた。冬になったら一日中座学になるの、わかってるのかな? でも二人は見習い仕事をしてるから一日中にはならないのかな?

 みんなで工房に入った。昨日途中になったものを並べて師匠が片っ端から鑑定をかける。それをギードがメモをして表にしていった。木で作った板だね。メモには板を使うみたい。

「木でメモ代わりにするなら木を羊皮紙みたいにできないの?」

 うーん、俺も和紙くらいしか作り方知らないんだよね。木の皮の繊維を使うとか。あそこにある細い木の枝が似てるんだけどどうかな。

「もっと薄く切るとかなの?」

 カリーヌが首を傾げた。

「それでは折れてしまうよ?」

 ギードが木の板の真ん中を指して指を上から下に滑らせる。

「んん? 待てよ」

 師匠がもう一度鑑定しだした。細い木の枝の上で視線が止まった。

「……あー、そうだな。植物を使った紙ができそうだな。うん」

 なんで、俺をジト目で見るの? どうして? ねえ!?

「とりあえず錬金術でやってみるか。と……材料はそろっているのか。通常は咳止めや胃腸薬を作る時に使うんだが……」

 そう言ってオクラに似た房のある植物を手に取って根だけとる。もう枯れたようなそれは、置くと小さな黒い小さな種を落とした。

「薬の材料なの?」

「ああ、根が原料だ。冬は咳き込む人間が多くなるだろう? 必要かと思って採取したんだが……さて、どうかな……抽出、錬成……」

 師匠が魔法陣を書いた布の上に二つの材料を置いて手をかざして呪文を唱えると、魔法陣が現れて光る。綺麗だなあ。敷布の魔法陣と空中に現れた魔法陣が近づいて合わさり、材料を包み込むように光って材料が見えなくなる。一層の強い輝きを放つと収まっていき、そこには十センチ四方の和紙があった。

「できたな。ふむ、手順は面倒そうだな。だが、羊皮紙よりは安く作れそうだ。名前はルヴェール紙とでもするか」

「師匠が作ったのに、うちの家名でいいの?」

「ああ、これはルヴェール家に今俺がいて、ルオがいてこの工房があってこそできたものだからな」

 師匠はまた俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。くらくらする!

 ギードとカリーヌはぽかんとして固まっていた。

「さすがヴァンデラー師!」

「凄いですわ!」

 はっと意識を取り戻した二人が師匠を褒める。うん。師匠は凄い。錬金術凄い。

「あー、それほどでもないぞ。ギード、あとで手順書を作るから五部ほど書き写してくれ」

「はい!」

「じゃあ、次行くぞ」


 それからまた、寄り分けていって藍に似た植物の葉を手に取った。

「薬のつもりで採取したが、染料で使えるみたいだな」

「布を染めるの?」

 やっぱり染料にできるんだ!

「ああ、だがこれは時間がかかりそうだな。カリーヌ、やってみるか?」

「え?」

「裁縫師なんだろう? 布に関することだ。勉強になると思うがな」

 カリーヌははっとした顔をして頷いた。

「やります! ぜひやらせてください!」

「午後は実習として、カリーヌは染料づくり、ギードは手順書、ルオは薬の材料の処理だ」

 師匠はそういって、残るすべての区分けを行った。薬関係は調合室、食品関係は倉庫、その他はとりあえずこの部屋だ。劣化しそうなのはマジックバッグに仕舞った。



 午後、空き部屋の一室に木樽が置かれていた。

「これに水と葉を入れて三日ほど待つ」

 カリーヌはそれだけ? という顔をしていたが素直に従った。

「腐敗臭がしたら、また作業をするから、毎日様子は見るように」

「は、はい!」

 カリーヌは頷いた後、「腐敗?」と首を傾げていた。

 ギードは木の板に日付と手順等記録をしていた。俺はそれを見学した後、調合室で色々な薬の材料の下準備をした。大変だった。

 作業が終わって、剣の修行時間かなという頃、父が帰ってきた。最近、すれ違いが多くてしばらく顔を合わせてなかったから久しぶりに会う。魔馬から降りた父に駆け寄って飛び付いた。

「父様!」

 父は軽く受け止めて片腕で抱き上げた。父からは少し血の匂いがした。

「ルオか、明日は肉祭りだ!」

 肉!!

 父と狩人の村人、兵士で大規模な魔獣狩りをしていたんだそうだ。獲物は村に置いてきて、村人が必死に解体中。加工できるものは干し肉や、ソーセージ、ハム、ベーコンなどに加工するとのこと。今までは干し肉くらいにしかしなかったけれど、ドワーフから加工技術を教わったらしい。

「雪が降ったら降りられなくなるしな。今年最後の祭りだ」



 次の日、お昼から始めるとの話で俺たち家族と師匠、ネリア、ローワン、ギードとカリーヌもみんなで村に向かう。イオは父の肩車でご満悦だ。

 村の広場にはベンチやテーブルが所狭しと置いてあって、焼ける肉のいい匂いが立ち込めていた。そこには村人全員がいた。

 父はイオを降ろすと、泉の傍に立ち、声を張り上げた。

「今年はいろいろなことがあったが、皆のおかげで何とか乗り切れた。来年もまた、皆の力を貸してほしい。さて、今日は存分に、食べて飲んでくれ!」

「おおお!」

 それからはどんちゃん騒ぎだった。俺たち領主屋敷組は泉の側の特設席で料理を味わった。ハーブや香辛料で味付けされた肉は美味しくて夢中で食べた。

 父には代わる代わる誰かが話かけてきて笑って、杯を合わせていた。

 俺たち子供はジュースや麦茶で乾杯。

「おいしい~」

 イオは口の周りを脂で汚しながら頬いっぱい肉を詰め込んでた。師匠はドワーフや建築工房の人たちと盛り上がっていて、ギードとカリーヌも料理に夢中になっていた。

 お腹いっぱいになったイオ、母とネリア、ギードとカリーヌ、俺は先に屋敷に戻ることになった。俺たちが屋敷に帰った後も祭りは続いて父は俺が寝た後に帰ってきたらしい。


 それからカリーヌが藍染めを覚え、出来上がった藍色の布に母が感動したり。カルヴァ指導の下、ビールの仕込みを師匠とドワーフさんたちとしたり。そんなこんなで忙しく過ごしていると。


「ゆき~!」

 空から舞い降りてくる白い結晶。剣術の鍛錬をしていたイオが両手を空に伸ばしてはしゃいだ。

「雪だ」

 差し出した掌に雪が落ちて融けた。本格的な冬がやってきた。

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