第42話 冬支度(二)
工房の空き部屋にシーツを置いて、雑多な採取物を今選り分けている。特殊な効果のあるもの、師匠が錬金術に使えるもの、未知のもの、森の恵み。
師匠の小型の革袋のマジックバッグに詰め込んでいたものだ。高い物なので、持っているのは内緒だと俺に言っていた。
「なんでこんなもの、とったんだ? エールに一部使われているとは出てるが、ハーブの一種か?」
師匠が葉っぱの塊のような実を手にもってぶらぶらさせている。ドングリを大きくしたそれはホップに非常に似ている。そう、ホップ!! 俺はビールの製造方法を知らないけど原料は知っている。麦とホップ!
「エールの美味しいの出来ると思ったんだけど……これと大麦で作ったエールを蒸留したお酒、師匠は飲んでみたいと思わないの?」
「待て待て待て、え?」
慌てて師匠はホップをじいっと睨む。
「……なるほど」
(じゃ~~ん! そんなあなたに朗報です! わたしがサポートします!)
突然響いた女の子の声。
「なんだ?」
「なになに!?」
慌てて周囲を見回した師匠と俺は空に浮かぶ光をぼうっと放つ、前世で妖精と呼ばれた見た目の小さなものを見つけた。
「ルオ、あんなものをテイムしたのか?」
「いやいやいや! 僕、心当たりないよ!!」
ラヴァも首を横に振っている。知り合いじゃないの?
(失礼ね! わたしは酒精霊よ! 偉いのよ!)
「は?」
(蜂蜜や果物がお酒になってるのあれはわたしのおかげよ! 敬いなさい!)
「はあああああ!??」
俺と師匠は声を揃えて叫んだ。
敬えというので、ハンカチをテーブルの上に敷いて、ジュースを置いた。小さい器がなかったので、計量に使う小皿で出した。
「それで、その、サポートとは?」
(あなた、乱獲したでしょ。あの美味しい実を!)
「誠に申し訳ありません」
師匠が土下座した!! あるんだ、土下座!
(しかもそっちの子は名付けまでしちゃうし!)
「誠に申し訳ありません」
俺も師匠の横で土下座した。
(まあ、いいわ。あの実のお酒って、自然にできてたことはあるけど、人族によってできるのは初めてなの! しかも、今聞いてたら次の段階のお酒ができるって! これはわたしの使命よ! それに、なんか、精霊王様に、ジャガイモのお酒が早くできますようにって祈りがうっとおしいほど届いてるんですって! 一肌脱いでくれって言われたから、まあ、特別よ! 特別なのよ!)
なるほど、精霊王様の仕業なんですよね。よかった。何かやらかしたかと思いましたよ。
『あはは。いい子だから力になってくれるよ』
(精霊王様、ありがとうございます)
とりあえずドワーフさんたちが精霊王様が動くほどに熱を入れて祈ったことはわかったよ。とりあえず出来たら精霊王様にもお供えだなあ。
(それで、契約しないといけないんだけど、どっちにする? 私はどっちでもいいけど)
「え?」
「契約?」
(ダメ!!)
そう酒精霊が言ったらラヴァが顕現して酒精霊の前に浮いて威嚇した。
「ラヴァ」
「あーわかった。主に俺が作ることになるから、俺でいいかな? 酒精霊様」
(いいわよ。魔力をちょうだい、血を少しでいいわ)
「おう」
師匠がナイフで左手の指先に傷を作った。つっと血が滲んだ。師匠が指を酒精霊のほうへと差出すとその指を酒精霊が小さな両手で持って口を付けて啜り上げた。そうすると左手の甲に小さな痣ができた。酒精霊の四枚の羽のような小さい痣だった。
(あとはわたしに名前を付けて終了よ)
腰に手を置いて師匠を見る様子は可愛い。
「名前? ううーん」
顎に手を置いて唸る師匠の眉が寄っている。もしかして名前つけるの苦手?
「あー……そうだルオ、リンゴのお酒を仕込む時、なんか呟いていたよな? これでカ……何とかができるとか」
「え、あ、カルヴァドスって言ったけど」
口に出してたか!
「そのカルヴァドスってリンゴの酒を何とかする奴か?」
「ま、まあ、そうだね」
師匠からジト目で見られて視線を逸らした。肩に戻ってきたラヴァが顎を舐めた。
「それからとってカルヴァってのはどうだ?」
(カルヴァね! いい響きじゃない? 気に入ったわ!)
「ではカルヴァ様、コランダム・ヴァンデラーと申します。よろしくお願い申し上げます」
師匠は胸に手を置き頭を下げて貴族がする挨拶をした。
(いやね! 主はそっちよ。カルヴァでいいわ。これからよろしくね。主)
カルヴァは師匠の方に飛んでいき、肩に座った。
「よろしくカルヴァ」
(魔力は毎晩いただくわ!)
頬を染めて言うカルヴァに「……毎晩?」と師匠は戦慄していた。
翌朝、よろよろと朝食を食べに現れた師匠は肩に上機嫌のカルヴァを乗せていた。
「ルオ、お前の魔力量がとんでもないことになった原因がわかった」
「うん?」
俺はパンをかじりながら首を傾げた。
「限界まで搾り取られた!!」
「あーうん」
毎晩だから、頑張って。
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