第159話 王都の雪
師匠がなぜあのタイミングで入ってきたのか。
「師匠、もしかして聞き耳……」
(主、カルヴァが僕の目借りてた)
「師匠! 今、ラヴァが言ったのほんと!?」
師匠がきまり悪げに頭を掻いて誤魔化す。
「いや? その?」
(主、だから言ったのよ!)
カルヴァが現れて師匠の肩に座る。ルーンが驚いて口を押さえている。
「んん? そういや、絶妙なタイミングだったな?」
いつの間にかタビーの肩にアームがいた。ラヴァと挨拶を交わしてる。
「ルオがやらかすんじゃないかと思ってつい」
監視してたんだ! 酷い!
「先生、そう思ったらお茶会に混ざっていれば……」
タビーがすごく真っ当なことを言った。
「あー」
師匠はコホンと咳払いした。
「若い者の邪魔しちゃいかんだろ」
「覗きのほうがダメだと思う」
つい突っ込んでしまった。
「それは……すまない。だが結果的にやらかしがわかったんだからよかったはずだ」
「やらかしたって言ってるし!」
「ルオ、鏡がなぜ献上品で、金貨がじゃらじゃらなのか、わかってるか?」
「師匠、言い方! 透明なガラスにはっきり映るのが画期的だから?」
「透明なガラスの製法は特許だ。わかってるよな?」
「あ! 僕、特許料払わないといけないの?」
「いや、俺とルオとハンスは払う必要はない。自分たちで作った製法だからな。ああ、ハンス独自の製法は払う必要があるぞ。今回は錬金術の方を使ったんだろう?」
「うん」
「そこは大丈夫だ。いや、全然大丈夫じゃないんだが……」
「ええと、どの程度これはダメなの? せっかく作ったのに」
物言いがつくなんてあんまりだよ!
「来年の夏くらいには何とかするから泣くな」
ぽんと頭に師匠の手が乗る。泣いてる? 俺、泣いてた? ぽんぽんと両肩に手が乗る。この手はタビーと、ルーンだ。
「と、とっても嬉しかったから、このペンダント大事にしますね。大事なものだからしまい込んでおきます」
「そうだ。俺も次の誕生日、楽しみにしてるからな!」
「タビー、ルーン、師匠」
(主! 元気出して!)
ラヴァが俺の零した涙を舐めとった。
「みんなありがとう。うん。ガラスペン頑張る」
手の甲で残りの涙を拭いた。そうだ。献上品があるんだった。アリファーンにあげるんだった。
「ガラス……ペン?」
タビーが首を傾げた。
「ガラスのペンですか?」
ルーンも首を傾げた。
「ルオはまったく!」
師匠の手が髪をかき乱した。ちょっと声が怒っていた。
「仕方ない。二人には学院でのストッパーになってもらう」
ぎろっと師匠が俺たちを睨んだ。
あれ? さっきまで優しく慰めてくれたのに、どうして睨んでるのかな?
「ここが工房ですか?」
ルーンがふええと変な声を出して見上げている。
「先代の伯爵の工房だったのを改築したんだ」
「へえ……」
タビーも興味深そうにしている。
「あ、まだ触るな。警報が鳴るから。二人とも、ここに手をかざして魔力を流せ」
二人は魔力鍵のセキュリティに魔力を登録する。これで通れるようになった。
「許可を与えたから中に入っても大丈夫だ」
「は、はい」
「はい」
師匠の先導で工房に入る。
「あ、ここは普通なんだ」
「玄関口だからな。やばいものは置いていない」
「やばい……」
怯えた顔でルーンが呟いた。
師匠はまっすぐにガラスの細工室へ向かっている。
「ハンス、入るぞ」
細工室の扉を師匠はそっと開けた。
開けると熱気がふわっと肌を撫でた。
ハンスはバーナーで管ガラスにフューミングをしている最中だった。
作業が終わるまで待つことにした。
「……」
初めてガラスを加工している様子を見る二人は黙って作業を見つめていた。
ガラスの中に花が浮いている。
そんなガラスをハンスは確かめてそっと置いた。
「ハンス」
師匠が声をかけた。
「は、はい!」
ハンスがこちらを振り向く。
「ひっお、お揃いで何か……」
めっちゃ怯えている。
「ガラスペンを見に来たんだ」
「あ、そうですか。私は作品を隣に置いてきます」
そそくさとハンスは逃げていった。
師匠は苦笑して見送るとガラスペンを仕舞ってある鍵付きの棚に手を伸ばして開けた。
木箱に布を敷いておいてある、最初に作ったガラスペンをそっと二人に見せた。
「これがガラスペンだ。ルオが作ったものだ。これは精霊教会に持ち込むんだが、王家に献上案件になっていて、売り出すのはそれがすんでからだ。だから、その前にルオがほいほいプレゼントだと言って流出しては困るんだ」
「綺麗」
ルーンが見惚れる。
「すげえな。ルオ」
タビーが褒めてくれた。
「そ、そう? 嬉しいな」
「来年の夏まで黙っていてくれるか?」
「はい!」
二人は声を揃えて頷いた。
「それから、これを見ろ」
ガラスペンが入っている棚からもう一つの木箱……あれ? 師匠にあげた奴だ。
「うわ、さっきのとはまた違う感じ……」
「ルーン、ここ、ルーンのと似てないか?」
「え? あ……」
「わかったか? 巻き込んでしまって二人ともすまない」
「い、いえ! 大丈夫です!」
「先生、大丈夫、俺は言わない」
「では戻ってお茶会の続きをして……」
「俺、ポーション作っているところ、見たい」
タビーが言い出した。
「ええ? すごく地味なんだけど」
「私も見たいです。ポーションは里でも作りますから」
俺は師匠を見た。
「いい?」
「仕方ない。やって見せてやれ」
「はい!」
俺たちは調合室へ向かった。
それから俺が調合をして見せ、錬成したポーション瓶にポーションを詰めた。
「へえ、色が変わるんだ」
「不思議ですね」
「うん。いつも思う。この色でポーションの出来がわかるんだって」
「へえ」
「すごいですねえ」
そんなこんなで工房で大半を過ごした。
遅くなったので、夕食を一緒に食べていたらスピネルが師匠に耳打ちをした。
「雪が積もって危ないから馬車が出せないそうだ。今夜は泊まっていきなさい。ご家族と学院には手紙で知らせておくから」
「ありがとうございます」
タビーが言うとルーンも言う。
「お、お世話になります」
友達がお泊りなんて、タビーがひっくり返って以来だ!
これは枕投げとかできるかも!
嬉しい!
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