第86話 フュージング技法

 母にあげたブローチは女性の方々に大好評だったので男性の注文が殺到した。

 まあ、子爵子息の俺に直接は来ないんだけど、母は嬉しそうにつけて歩き回ってたからいろんな人の目に触れて、噂になりウォルトや醸造所の人達に聞いたらしい。

 それをローワンに相談して、ローワンから父に、父から師匠への伝言ゲーム。


「いくらにする?」

 親指と人差し指で丸を作らないでくれるかな? 師匠。

 でも、これもガラス工芸普及の第一歩だな。この小型炉なら師匠のお屋敷にも持っていけるし、細々と内職もできるよね! 腕も上がるだろうし。

「そんな相場がわかるわけないよ。師匠。こういうのっていくらぐらいするの? 貴族になら吹っ掛けるけど、領民にはリーズナブルにしたいな。土台も金や銀といった貴金属を使わないで、作ってるし……」

「ガラスっていうところがもう、お高いんだが」

「師匠、ガラスの相場、僕知らないよ?」

「まあ、そうだなあ……あの大きさで工賃入れて、金貨はするだろうな」

「金貨!」

「もう少し小さくしてペンダントヘッドにする? それなら紐やチェーンは自分でつけてもらえばいいかも。こういうのでも綺麗でしょ?」

 俺は色のついたガラスを切って炉で熱したものを出す。熱で溶けて膨張して丸くなるのだ。


 半円形になったガラスを師匠に渡すと、光に透かして見た。

「こういうのもいいな。革袋の止めにいいかもしれない」

 トンボ玉みたいなものかな? あれも穴が開いてるし。

「それは試しに今度作ってみる」

「おう。まあ、村の人達なら奮発して銀貨だろうな。何パターンか見本を作って、色だけリクエストをもらうようにすればいい。全部オーダーメイドは勉強する時間も何もないだろう?」

「そうだ! ダンジョン行くんだった!」

「支度はできてるのか?」

「え、この前の時みたいでいいんじゃないの?」

「ソロで、降りるんだぞ? 剣とか、防具とか、合わせたりする必要があるだろう? いいのか?」

「剣……剣なんて本物握ったことないんだけど」

「木剣しかそういや握ってないな……ウォルトに言ってなんとかしよう」

「ありがとう、師匠」

「いや~、こいつでもがっぽがっぽだからな」

 師匠は小型炉を指してにこにこしてた。やっぱ守銭奴かな?

「あとはローワンにも聞いてみる」

「それと当主様にも頼った方がいいぞ?」

「え、忙しいでしょ?」

「食事で顔合わせた時でも聞いてみな?」


 そう言われたので、その日の夕飯に頼ってみた。

「父様、母様にダンジョン行けって言われたんだけど、僕、よくわからないから、剣とか装備とか必要なもの、教えてもらえたりする?」

 父はちらっと母に目を向けたが、にこりと微笑まれたので視線を逸らして咳払いした。

「あ~では夕食が終わったら執務室に来なさい」

「はい!」

 よかった。教えてくれるみたい。

「……ダンジョン……」

 イオが羨ましそうに呟いたのが聞こえたが、その辺は母に任せよう。


 執務室に行ったら父があれやこれや教えてくれた上に装備を揃えるように、ローワンに言っていた。なんだか上機嫌なんだけど、何かいいことあったのかな?

 使う剣はウォルトに選んでもらいなさいって。

 次の日、ウォルトに持っていく剣を選んでもらった。やっぱり体がまだちっちゃいからショートソードだよね。その中でも軽いのを選んでもらって、当日までに慣れるように素振りをすることにした。

「ウォルト、僕これを使いこなす自信がないです」

「なんで敬語!?」

 いや、だって、五分で汗噴き出して腕痺れてるんだけど、どうしよう。

 軽いと思ったけど、駄目かも。

「うーん、短剣にしましょうか? 剣は型をちゃんと覚えて振れれば学院では何とかなります。ダンジョンで使えない剣で命の危険に陥ったら困るので、そうしましょう。基本は魔法なんですよね?」

「うん。魔法で頑張る」

 それから、しばらく、ウォルトに短剣術を教えてもらった。スキルがあるせいか、身体が自然と動く。

「ルオ坊っちゃんはこっちの方が断然動きがいいですねえ」

 ウォルトが苦笑していた。


 大分、小型炉の扱いやこの世界のガラスの扱いにも慣れてきた。ガラス一つとっても、ままならないのが楽しい。

 女性にはヴェネチアの技法の、ミルフィオリのようなのがいいのかな?

 あれなら花の形だし、女性受けはいいはず。

 でも俺の本来の工芸は動物のモチーフ。ガラス粉を絵具代わりに透明なガラス材の上に描いていく。

 白い色は狼の形を。青い線は影と輪郭。周りにちりばめた雪の結晶。

 そう、フェンリルだ。

 ファンタジーの幻獣が好きで、よくモチーフにした。水の精霊像は賞をとったっけ。

 四角い小さなガラスの板にフェンリルの絵。

 上手く焼けるといいな。透明なガラスがフェンリルを閉じ込めているような、そんなプレートになるといい。

 焼き上がって、熱をゆっくりと冷ます。それは師匠が調整できるようにしてくれた。徐冷庫にもなる優れもの。

 もう、師匠の部屋に足を向けて寝られないよ。


 あと三時間はかかるから、ポーション作りにしよう。

(主、炎はいいの?)

「うん、もう大丈夫。ダンジョンではラヴァの力も借りるから、一緒に頑張ろうね」

(うん! がんばる!)

 ラヴァはいつでもどこでも可愛いなあ。


 そろそろ、冷えている頃だ。上手くできてるだろうか?

 そっと炉を開けて中のプレートを取り出す。

 離型紙は薄く伸ばしたスライムの皮。意外と耐熱性があって何もくっつかない。

 不思議だね。しかも土に埋めるとちゃんと分解されて土に帰るんだ。エコ。


 よし、綺麗にできた。

 そっと持ち上げて、光にかざしてみる。


『条件解放』


 頭の中で何かが噛み合った、そんな感じがした。


『召喚』


「召喚、フェンリル」

 自然と出る、キーワード。

 手に持ったプレートからフェンリルが飛び出した。


「え?」

 一体どういうこと?


 目の前のフェンリルはお座りして、待ての状態になっていた。

 フェンリルの周りには雪の結晶が舞っていた。


 ほんとにどういうこと?

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