第69話 吹きガラス製作に向けての第一歩

 口を押さえて何も語らなかったんだけど、大丈夫かな? 師匠。

 神業農業師さんはマイペースで畑仕事に戻っていった。


 そして! 吹きガラスへの第一歩! ガラス工房に向かう今日この日!

 絶賛股間に衝撃を受けています。


「ほら、ちゃんと掴ってろ」

「はいぃぃ」

 師匠が馬車より早いからと言って魔馬を借り受けてきた。

 一番癖のない人懐っこいと言われた魔馬は白毛の黒いつぶらな瞳が可愛い牝馬だ。それに師匠が俺をよいしょとのっけて、師匠は俺の後ろに乗って、走り出した。

「し、師匠、馬、乗れるの?」

「舌噛むぞ。貴族は乗れなきゃ話にならないんだよ」

 あ、声に不満が。

 手綱捌きは迷いなく、思い切り速く走った。心なしか魔馬も楽しそうだった。

 俺は馬具にしがみついてるだけだったけど。


 馬車で六時間が二時間で着いた。倍の速度どころじゃないんだね。

 おかげで、降りても足がガニ股に。歩く時は生まれたばかりの小鹿状態。

「大丈夫か?」

 大丈夫じゃないです! こういうのは練習してからじゃないと!

 俺も、馬練習させてもらおう。

 若干涙目になりながら工房の扉をノックした。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

 見習いの少年はかなり背が高くなってがっしりしてきた。肌も日に焼けている。

 暑いのでタンクトップのような服を着て、頑張っている。

「邪魔するぞ。ルオの頼んだ道具が来てると思うんだが……」

「はい、こちらに仕舞ってあります」

 工房内の棚に箱に入っておいてあった。箱を開けると頼んでた道具類が出てきた。

「これと、作業台が来てると思う」

「ああ、この金属のですね」

「あと水甕か、水樽も……」

「ああ、これですね」

 ああ、前世のガラス工房らしくなってきた。

「炉も、改良型が来ていて、試し運転をしたりしました」

 炉の側にラヴァが張り付いていた。なんかヤモリっぽい。

(主! 燃やす?)

「そうだね、後でね」

(燃やす~!)

 喜んで走り回るのにみんな思わず手を止めて見守ってしまった。


 使い方をレクチャーして実際にやってみることに。

 新しい炉で、ガラスを融かす。抽出は俺もできるはずだから、酸化鉄を取り除いた。取り除いたものは、空の器に。

 吹き竿の先を炉に入れて赤く輝くガラスを巻き取る。くるくると回しながら必要量を巻き取ったら、吹く。膨らむそれを、和紙を水で濡らしたもので、レールのような台で支えつつ回して形を整える。

 何度か繰り返してそこに別の鉄棒を付けて吹き竿から切り離す。

 金具を使って口の部分を整え、中を広げていく。

 小さなウィスキー瓶の形に仕上げたら、底の支えを切り離す。

「どう? 板ガラスだと、同じように作って、ここを切り開いて伸ばすと均一に近い板ガラスができると思う。これはゆっくり冷やして、出来上がりかなあ?」

 ああ、吹きガラスだ。この世界で初めての吹きガラス。


「……どうしたの? 変? この出来」

 誰も声を発さないから、出来が悪いかと思った。確かに、前世の綺麗なボトルとは比べ物にならないけど。

「いや、なんでそんな道具なのかと思っていたら、そういう風に使うとはね。驚いて見てたんだよ」

「……は、はい! あまりにも見事で……こんなに早く、瓶が……信じられない」

「すっごい! ルオ坊っちゃん!」

「そう? ふふ、照れるなあ。二人に任せるからいろんな物、作ってみてよ。ああ、でも一点して欲しいことがあるんだ。酒瓶を作りたいんだよ。ルヴェールの特産品になると思うから、これがルヴェールの蒸留酒だっていう、かっこいい入れ物を作りたい」

「そりゃあ、いいな。がっぽがっぽだ」

「ガラスは再利用ができるから、偽物ができないか心配は心配なんだけど」

 俺が唸ると、師匠が口を開く。

「そこら辺はご当主様に相談だな。まずは、瓶作りから始めよう」

 師匠がハンスと頷きあった。

「あ、あとね! コップとか、いろいろできると思うんだ!」

 俺はフルートグラスを作った。持ち手のあるタイプ。アレンジすればワイングラスとか色々作ってくれそうだから、任せようと思う。


 俺の望みはこの先。吹きガラスの製法が定着した、その先に美術品としてのガラスがある。

 まずは色々試行錯誤して、いろんなガラス製品を作ろう。

「鏡も、こっちの製法のほうが、綺麗に作れるのか?」

 師匠がハンスと話し合っている。見習い君は一生懸命ガラスを吹いている。

 みんな職人気質だね。

 ああ、楽しい!

 錬金術もポーション作りも好きだけど、やっぱり、俺はガラスを作るのが好きだ。

 この熱い炉の前で、赤く融けたガラスを一つの作品として仕上げる。

 命を吹き込むようにして、一点きりの美術品を作り上げるのだ。


 夢に一歩、近づいた日。俺はこの日を忘れないと思う。

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