ガラス工房の錬金術師
佐倉真稀
序章
プロローグ
(きらきらしてる)
最初に心を奪われたのは、光の反射だったのだと思う。
そしてそれが、心に灯をともした。消えない、情熱の灯だった。
「待って、待ってよー!」
「早く来いよ! 遅いぞー!」
「そんなこと言われても……」
息が乱れた。胸が苦しい。上手く走れなくて足がもつれて転んでしまった。
「もう、痛いよ」
膝を擦りむいたようで、じんじんと痛む。
二人は俺をおいて村へと駆けていった。その背中が小さくなるのを見送って雑草の上に胡坐をかいた。
息を吐いて、痛みが治まるのを待つ。
「草がこんなに生えているのに、地面は硬いなあ」
草むらに着いた手で雑草だらけの地面を撫でた。そこで痛みが走る。どうやら草で指を切ってしまった。
「うわあ、泣きっ面に蜂って奴? いったー」
草の上にぽたぽたと血が落ちる。案外深く切ってしまったようで、ぷくりと血が切れたそこから滲み出る。玉のように浮かんで流れ出る血はなかなか止まらなかった。
トカゲがのっそりと草むらから現れてその血を舐めるのを、指を抑えながら俺は見た。
「え? トカゲ? 赤い、トカゲ?」
そのトカゲの顎のあたりにもやが見えた。思わず手を伸ばすと、それは逃げないで、指の傷を舐めた。
舌は冷たかったが、そのトカゲはあったかかった。もやは炎のように見えた。
炎?
(おいしい。もっと欲しい)
子供のような少し舌足らずな、声が頭に響いた。
「え?」
驚いた俺の手から腕へ、そのトカゲは登ってくる。
そうして肩までたどり着き、俺の顔を覗き込むように頭を近づけた。
(魔力ちょうだい。美味しい魔力)
魔力? 血を舐めてたじゃないか?
「はい? 魔力? これ、君の声なの?」
(はいだね!! やったー!)
「え? ちょっと待って……」
トカゲはぺろりと首筋を舐め、そこに牙を突き立てた。不思議と痛くなかった。
まるで貧血を起こしたように、身体から力が抜けていって、意識を失った。
カチンと音が鳴る。
父が買ってきてくれたビー玉がぶつかる音だ。色とりどりのそれはきらきらしてとても綺麗だ。コロコロ転がるそれが、ぶつかっていろんな方向に散らばる。中の模様が動く様は楽しくてお気に入りの遊びだった。
たくさんのビー玉を集めて悦に入ってた俺は、ラムネの瓶のビー玉が欲しくて、何度も瓶を振って中から出そうとして母に笑われた。
中のラムネが零れないように蓋をする役目だから、瓶の口から出ないようになっているんだって! 出ないから諦めた。だから飲むときつっかえて、出てこなかったのか!
母方のおじいちゃんちはちょっと大きくて山に囲われ、木々の間を抜けた涼しい風が部屋を通っていく日本家屋だった。窓際に夏になると風鈴が飾ってあってそれがちりんと涼しい音を鳴らした。
太陽が反射する風鈴はきらきらとしていて、風鈴越しに見える青空は透き通っているように思えた。
小学生になると情操教育だ! と父がいろんな場所に連れて行ってくれた。
博物館や美術館、水族館に動物園。お仕事体験の施設。
その中でも印象に残ったのはガラスの美術館だ。
虹色の光。色とりどりのガラス。美しいフォルム。
俺はきらきらした目で見ていたと、後に父が言った。絵画や彫刻には全然興味がなさそうだったのに、光るものには目がないんだなあと笑っていた。
父はガラス工芸品の展示会やガラス製品の工房などに見学に連れて行ってくれた。
吹きガラス、サンドブラスト、フュージング等いろんな体験教室も参加させてくれた。お土産で買ってもらったガラスで作った小鳥の置物はずっと大切に持っていた。
父は俺に甘かったのか、進路は好きにしろと言って俺はO芸術大学の工芸学科に進んだ。そこで基礎的な技術を学び、ガラス工房に就職し、技術を高めて独立の準備をしていた。
そして……
そして?
目が覚めた。
いつもの天井だ。いつもの?
え、俺は誰だ?
ルオだ。フルオライト・ルヴェール、五歳。
村の子供たちに引っ張り出されて屋敷から村に向かっていて……
ではあれは?
黒髪黒目の人々、見たことのないはずなのに懐かしい風景、両親、友人。
そこでは俺は
ガラス工芸品の魅力に取りつかれ、自分でもあの美しい美術品を作り出したいと憧れて技術を学んで働きながら作品を作った。
その作品を認めてくれる人が増えて、個展やファンも……
ああ。その先は思い出せない。
俺は死んだのか? 死んで、生まれ変わってルオに?
「う……」
胸が痛む。この痛みは何? もう、会えないから?
父と母に、友人に。日本のあの風景に。
(にほん?)
頭の中に声がした。舌足らずの、子供の声。
にゅっと俺の視界いっぱいに、トカゲの顔が現れた。
「う、うわあああ!?」
驚いて思いっきり叫んでしまった。
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