第57話 錬金術工房

 吹き抜ける風にきらきらした光を見た俺は改めて庭を見る。

 村から侯爵領、王都へ進むたびになんとなく空気の密度というか、空気を美味しく感じなくなってきたというか、そんな感じだったけれどこの庭は空気が美味しい。

(魔力ある)

 魔力? 空気が美味しいのは魔力のせいなのかな? ラヴァは魔力が必要だから俺の魔力を遠慮なく吸ってるけど、そうじゃない精霊はどうしてるんだろう?

「不思議だな~」

(ふしぎ?)

 繰り返すラヴァが可愛くて思わす鼻先を撫でた。火の精霊なのに、鼻先はすべすべしてて少しひんやりとしていた。

 そんなことを考えつつ俺もイオの側に寄って、綺麗な花々を楽しんだ。


 庭園のあとに、別棟にある、厩や、使用人の棟、そして。

「こちらが工房でございます。鍵は旦那様にしか開けられませんので、中に今は入れませんが後ほど旦那様がご案内すると申しておりました」

 工房は三階建て。石造りで、窓は全部鎧戸がしまっている。小さい窓で外装は本館と同じだ。屋根は尖塔が立っていて、トランプの王様の王冠みたいな突起が続き、横に直線的だから平らなんだろうなと見上げた。

「師匠が案内してくれるんだ。楽しみだなあ」

 俺がそういうと、スピネルは目を細めた。

「そろそろお昼ですから、戻りましょう」

「はい!」

「は~い!」

 お腹が空いた!


 お昼は少し広めの食堂で取った。エリックがメニューを考えてそのレシピを師匠の家の料理人さんが作ったんだって。あれ? 師匠の家の料理人さんて普段……。

「なんだ、その目」

「料理人さんが腕を振るう機会が少ないんじゃないかって目」

「……ぐ」

 あ、スピネルさんが体を後ろに向けて肩が震えてる!

「……王城に時々出張はしてるんだよ。腕はいいからな。まあ、二年後はルオが存分に腕を振るわせてくれんだろ」

「師匠」

 まあ、仕方ないよね。うちに来てもらってるからね!


「あー、エリックのレシピを買い取らせてもらっても?」

 師匠が父に許可をとるように聞いてる。

「もちろん。高額で売らせていただくよ」

「そこをなんとか」

「お世話になっていますから、まあ、いいでしょう。お手頃価格にします」

「よろしくお願いします」

 守銭奴な師匠が!

「なんだ、その目」

「守銭奴な師匠が! な目」

「ぷっ」

 スピネルが吹いた!

「ス~ピ~ネ~ル~」

 スピネルはこほんと咳払いすると姿勢を正した。

「失礼いたしました。先代が良く旦那様のことをそうおっしゃっていたもので」

「おいっ」

「さ、ワインのお代わりなどは……」

「いただこう」

 父がさり気にスピネルを呼んだ。

「ぐぐ」

 師匠が悔しげにすると、皆がどっと笑った。

 守銭奴なのは昔っからか~


 お昼がすんだ後、イオはお昼寝にお部屋へ。俺は師匠に工房へ案内してもらうことになった。

「ここの鍵はルオの工房と一緒だ。承認するからここに手を触れて」

 うちの工房と同じような鍵だった。石板に手を当てて魔力を流す。

「これでルオは出入り自由だが、余計なものを触るなよ」

「はい!」

 金属の扉だ。アルミニウムのような鈍い銀色の扉を師匠が開ける。暗い部屋にぱっと明かりが灯る。

 入口の脇の壁に照明の魔道具がついていた。

「少し埃っぽいな。窓を開けるか」

 残念ながら金属の鎧戸でガラスは嵌ってなかった。

「ガラスの窓じゃないんだ」

「ガラスが嵌っているのは王家でガラス窓を付けるのが流行ったせいで、付き合いでつけたらしい。ああいう板ガラスは作るのに大変らしくて、結構したらしいぞ。だから客室にしかつけてないんだ。見栄だからな。工房は爆発する可能性があるから、ガラスはつけられないな」

「ばくはつ」

(ばくはつ)

 俺がびっくりしていると、師匠が窓を開けて回る。


 造りはうちの工房とそんなに変わらないけど、倍くらい広さがあって、なんというか年季が入っている。古い什器に、標本が入っていたり、壁に染みがあったり。

「板ガラスがもっと簡単に作れるようにするよ! 爆発にも耐えられるような強化ガラスも開発する!」

 師匠が、振り返って俺を見る。

「爆発は滅多なことではしないが、強化ガラスか……それはいいな。楽しみにしてるよ」

「まずは吹きガラスだね!」

「ふきがらす」

(ふきがらす)

 師匠とラヴァの呟きが同じだよ!

「ガラスを吹いて膨らますとね、いろいろできると思うんだ! だからお願い! ドワーフさん達に道具作ってって言って! カルヴァに頑張ってもらうから!」

(なんでわたしががんばるの?)

「ドワーフさんにはお酒だから! 美味しいお摘みも作るから!」

「美味しいお摘み?」

 師匠が釣れた!


 さっそくエリックに言って作ってもらうことにした。コーンの在庫はインベントリに突っ込んであったのを使う。


「え、すごいバンバン言ってますけど、大丈夫ですか?」

 フライパンをすっごく熱して、コーンをオイルと一緒に放り込んで蓋をしてもらった。さすが爆裂種。爆発してるね。

「大丈夫! 音が止んだら、好みの濃さの塩振って出来上がりだよ!」

 じゃ~ん、ポップコーン! 転生あるあるだね!

「美味い。え、これあのコーン?」

 師匠が目をぱちくりとさせながら、エリックと試食。ちょっと離れたところで、師匠の料理人さんがこっちを窺っている。

「あのコーンは普通に茹でても皮硬くて食べられたものじゃないけど、乾燥させて煎るとこんな風になって美味しいおやつになります。塩じゃなくて甘くしてもいいと思う」

「レシピを商業ギルドで登録しよう」

「え?」

「あのコーン、金になるぞ。がっぽがっぽだ!」

 守銭奴だね、師匠。スピネルが苦笑してるよ。


 その後、家族に試食させたら、イオがめっちゃ目を輝かせて食べていた。

 そして父が、師匠とおなじことを言った。口座作る時に登録することになったよ。

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