第37話 帰郷後のドタバタ

 帰って来るのに一か月もかかってしまっていた。

 難民のテントは相変わらず結界前にあった。もうすぐ冬が来るのに大丈夫だろうか?

 吹く風は冷たくなっていて、上着がないといられなくなっている。

 不思議と森は色づかなくて、季節の変化がわかりづらいけれど、冬に向かうと空の色はくすみ、雲が多くなり、霜が降りるようになっていく。特にルヴェールは子爵領より寒さが厳しいから、難民たちが心配だ。

 結界の前で馬車が止まり、門番が扉を開く。

「お帰りなさいませ、領主様。後ろの馬車列が、連絡のあった商隊ですか」

「ああ、そうだ。それに、この子たちが屋敷に勤めることになった」

 父が、馬車を降りてギードとカリーヌを降ろして、門番に確認させる。何やら紙も見せている。

「わかりました。お通りください」

 ギードとカリーヌは、先に徒歩で結界を潜った。大丈夫だった。

「それでは、後の商人たちは基本的に皆、宿屋行きだ。騎士たちは兵舎へ。よろしく頼む。収穫祭は明後日を予定している」

「かしこまりました!」

 収穫祭と聞いて、門番の顔が綻んだ。お祭りは楽しみだよね!


 馬車は屋敷の前に着いて、やっと止まった。馬車を降りると、ローワンと師匠がいた。

「師匠! ローワン、ただいま!」

「お帰りなさいませ、坊っちゃん」

「お帰り、ルオ」

 師匠に飛び付いたら、頭を撫でてくれた。ああ、本当に久しぶりだ。

「ただいま、ローワン、ヴァンデラー卿、変わりはなかっただろうか」

「お帰りなさいませ、旦那様、難民が増えたくらいでしょうか。収穫は豊作でした。商隊がやってきたとか」

「うむ。侯爵から賜った褒賞のこともある。落ち着いたら執務室で話したい。それとだ、ローワンの下に、一人、見習いを付けることになった。十二歳になったら、学院へ行くので、二年余りになるが……ギード、きなさい」

 ギードがローワンの前に立って挨拶した。

「初めましてギード・ソルアです。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「初めまして。ローワン・バートンです。厳しくいたしますからそのつもりで。ついてきなさい」

「はい」

 ローワンの後をついて、ギードは屋敷に向かう。それから荷物は兵士さんたちがネリアの指示の下、屋敷に運び込んだ。


「師匠、僕の農場……」

「ああ、収穫して倉庫に保存したぞ」

「ありがとう!」

 早速倉庫に行こうとしたのを師匠に首根っこを掴まれて止められてしまう。

「帰ったばっかりだ。ゆっくり休め。収穫物は逃げない」

「はーい」

 渋々頷いた俺は肩を落として屋敷に向かった。返事は伸ばさないと笑いながら注意されたよ。もう。


 父とローワン、師匠は執務室で会議をしていたらしい。

 母はギードとカリーヌの部屋を用意して、仕事の割り振りを決めていた。なんでも、二人とも貴族の子供だから、十二歳になったら王都にある貴族の子供が通う学校……学院? に行かなければいけないんだって。いま二人は十歳で二年の間に学院の試験のための勉強をしなくてはいけないので、俺の座学に二人が混じることになった。

「難しい勉強してないけど……」

 そもそも、学院でするような勉強、してないよなあ? 俺は首を傾げたけれど、とりあえず翌日からいつもの日課を始めることにした。


 朝夜明けとともに起きて、屋敷周回。

 見習い仕事を始めた二人が目を丸くしていた。

 朝食を食べた後、座学。今回から、書庫の隣の閲覧室ですることになった。

「え、これをルオ坊っちゃんが?」

 教材をパラパラと見ていたギードが眉をよせ疑わしげに俺を見た。

「ほんとに?」

 同じくカリーヌもだ。

「さて、君たちの学力を計らせてもらう。この問題を解いてもらう。時間は二時間。始め」

「え? はい」

「うそぉ」

 二人は慌てて問題に向かう。俺はそれを見つつ、止まってしまった座学の復習をしつつ、次の段階へと進めたのだった。

 お昼を挟んで採点結果を師匠は二人に告げた。


「ギード、君は学院の一年程度の実力はあるが地理や法律に弱い面がある。カリーヌ、学院入学には足りているかとは思うがいかんせん、数術に弱いな。このままだと、入学して相当頑張らないと卒業が危うい」

 二人は目に見えてがっくりとしていた。

「とりあえず二人の目標はルオの学習進度に追いつくだ。ルオは学院三年の範囲は去年終えたぞ。今は領政の基礎を叩きこんでいるところだ」

 んん?? 

「師匠? 学院って学びに行くところだよね」

「そうだな」

「その範囲終わったら行く必要がないんじゃない?」

「違うな」

「違うの?」

「学院は貴族の子供として最低限卒業しないと貴族として認められないところだ。行くのは義務だ」

「えっ必ず行かないといけないの? 僕も?」

「十二歳になったらな。それから最低三年間通う」

「えええ! 初耳!」

「近くなったらいうつもりだったぞ」

 しれっと師匠は悪びれることなく言う。


「僕、ガラスの研究したいのに」

「学院は王都にある。王都には俺の工房があるから、工房で鍛えつつ通う感じになる。そこではガラスの研究もしていいぞ。ポーションも作ってもらうけどな」

「ポーション?」

 ギードが首を傾げた。

「うん? 俺は錬金術師だからな。ルオは弟子だ」

「待って! コランダム・ヴァンデラー師……賢者様!?」

 カリーヌが驚愕の表情を浮かべた。ギードもはっとして師匠を見た。

「賢者様? え、賢者様に勉強を教わる? そんな、畏れ多い……」

 ギードは青い顔になった。みんな表情筋が忙しいね。

「師匠、もしかしてすっごく偉いの?」

「さあなあ? とりあえず、午後の採集に出るか?」

「出る~!! その後倉庫だよ!!」

「ああ、二人はそれぞれ、仕事に戻るように」

「はい」

「はい!!」

 二人の顔がキラキラしていた。師匠の座学、けっこうスパルタなんだけど、大丈夫かな?

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