第49話 料理人と服飾工房

 料理人! 料理人が来ました~~~~!

 なんとこの方、ソア子爵の館で働いてたこともあるそうで、たまたま魔物が溢れる直前に人員整理とか言われて辞めさせられたんだとか。そこで、やっぱりハンス同様この方も実家に帰っていて、九死に一生を得てうちの村に避難していたそう。父がスキルや職業を確認していて、見つけたって言っていた。


「ルオ、迷惑だぞ」

 料理人の周りをぐるぐる回っていたら父に注意された。てへ。

 でも、料理人て希少なんじゃないのかな? なんでやめさせたんだろう?

「私はその、まだ見習いに等しい扱いで、加護を見込んで雇ったらしいのですが、それまで料理をしたことがなく。ナイフの使い方から学んでいたので、雇って五年も経つのに料理一つできないって追い出されてしまい……賄いは作っていて、美味しいと言われていたのですが、料理長が作る許可を与えてくれず。あとに雇われた方のほうが仕事を任されていて……私には才能がないのではと思ったのですが」

 んん? これはもしかして料理長が嫉妬したとか? 賄いが相当美味しかったんじゃない?


「父様~僕、この人の作った料理食べたいな~あ! ネリア、例の酵母の扱いも伝えてもらっていい?」

 父はため息つきながら頷き、ネリアは苦笑している。イオはよくわからずネリアの隣で首を傾げていた。

「わかった。すまないがお願いできるか? エリック」

「かしこまりました。厨房はどちらに」

「こちらですよ。酵母の使い方もお教えします」

 ネリアが料理人エリックを連れて行く。

「酵母? はい、よろしくお願いします」

 酵母に首を傾げたエリックとネリアは厨房へ向かっていった。


 そう、酵母! あれから酵母が無事にできて、ネリアに酵母を使ったパンをお願いしたら、柔らかいパンができたのだ! ライ麦はさすがにふわふわにはできなかったけど、白い小麦を使ったら、ふわふわパンになったよ! それからは週一くらいに白いパンが出る。これは領主一家の秘伝になって、父がいざという時のためにと、目をぎらつかせていた。

 それからシードルも順調。挿し木で増やした木も、無事に育っている。ホップを使ったビールはそろそろ飲めるんじゃないかな? 金属のタンクを仕上げてきたよ。ドワーフのお酒に対する執着は凄いね。


「あれ? カリーヌと母様は?」

 そういえば二、三日見かけない気がする。

「ああ、オリビンとカリーヌは服飾工房のメインにする素材のことで、現地に行っている」

「工房の村?」

 父様の視線が泳ぐ。ローワンの視線が逸らされる。師匠が咳払いした。

「あー、ダンジョンに行ったそうだよ」

 師匠が仕方なく答えた。

「ダンジョン!?」

「多分もうしばらく帰っては来ないと思う」

 師匠がこめかみに指をやりながら言う。

「女性の美にかける執念は物凄いですからね」

 ローワンも苦笑している。

「ああ、オリビンは嫌いな社交も頑張るわと張り切っていた」

 遠い目をしている父様は反対したんだろうな。

「奥様、お強くなって」

 ローワンがそっとハンカチで目尻を拭った。え? 俺、何を見させられてるの?

 茶番? 茶番なの? でも、ダンジョンに何しに行ったの? 素材? 

「最高級の糸を出す蜘蛛型魔物を狩るんだと張り切っていたよ」

 はあ、と父のため息が辺りに響いた。


 茶番の間に料理ができたそうなので、食堂に移動だ。

 卓上にはうちの村で採れた美味しい野菜のサラダ、ふかふかのパン、ジャガイモの冷製スープ、メインはボアのステーキだ。

「お、美味しそう!!」

 思わず涎が垂れそう。サラダはヒマワリの油をさっとかけて、塩コショウ。ジャガイモの冷製スープはジャガイモの口当たりが滑らか。ミキサーないのに、ちゃんとねぎの風味も感じる。

 ボアのステーキは塩コショウと少量のハーブ。でも、臭みもなく、筋もなく柔らかくてちゃんと火が通っていて、肉汁が溢れる。え、なんでこんなに美味しいの!?

 みんな無言で食べていた。

 しかも皿に盛った状態が、前世で、一流シェフが持った美しい一皿に匹敵するくらい綺麗。美的センスが半端ない。


「これ、凄い、皿の盛り付け綺麗。それにとっても美味しい」

「ありがとうございます。美食の神の加護を持っているんですが、さっぱり発揮されてないと思っていたんです。でも今日はとっても思い切り料理が作れました! ありがとうございます!」

 嬉し涙を浮かべるエリックはまだ、十六歳だそうだ。十歳の祝福の儀で神の加護がある料理人(職業の方)ということでソア子爵の館に連れて行かれてしまったらしい。

「ほんとは両親の農地を手伝うつもりだったんですよね。でも皆さんに喜んでもらえて、凄く嬉しいです! これからもっと美味しい料理を作れるよう、頑張ります」

 嬉しそうに笑う彼は朴訥な少年だった。そして酵母を使ったパンは進化を遂げていくことになる。

 それからしばらく経って。


「やりましたわ!! ご覧になって!」

 バーンとティールームの扉が開けられる。布を持ったカリーヌが胸を張って入ってくる。心なしか逞しくなった気がする。その後ろには母様とネリア。

「こちらが蜘蛛型魔物ラソワアレニエの上位種の糸から織った布ですわ。藍で染めるのに苦労しましたが、生の葉を使うと綺麗に水色になりますの!! この発色は新しい色です! それからこれは麻を染めたものです。深い青が美しいですわ! いかがです?」

「カリーヌ、淑女がそう強く出るものではないわ。もっとたおやかに紹介しなければなりません」

「奥様、すみませんでした。この素晴らしい染めの布を皆に早く紹介したくて気が逸ってしまいましたの」

「いいのよ。貴方はダンジョンで頑張ってくれました」

「奥様の魔法には感服いたしました! 私ももっと魔法をうまく使いたいです!」

「特訓ね」

「はい!」

 俺は何を見させられ……以下略。


 とにかく藍染めの名前はルヴェール染めになった。カリーヌと母はダンジョンで相当レベルを上げたらしい。怖い。

 カリーヌと母様はエリックの作るデザートに魅了され、更にいろいろなデザートを作るよう迫っていた。あ、甘さはヒマワリ畑の養蜂で作った蜂蜜を使ってるって。


 世界が変わっても女子が甘いもの好きなのは変わらないって思った。

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