第66話 王都見物

「ここが市場かあ!」

 俺たちは商業ギルドの待機所に馬車を置いて市場見物にやってきた。イオが泣いてごねたからだ。

 そこで、師匠、イオ、ギード、カリーヌ、スピネルと一緒に来たんだけど、師匠は錬金術ギルドの総ギルド長補佐くろうにんに拉致されて今お仕事中だ。


 そして今日は騎士が三人、平民服姿で俺たちについている。俺と手を繋いでいるのはウォルト。

 ローワンとネリアの息子で、今年二十六歳。若いながらも隊長をしているとか。顔はローワン似で髪の色はネリア似の鳶色、目はローワン似の灰色だ。身長は百八十センチくらい。引き締まった筋肉質な体つきだけど、中肉って感じかな。

 他の二人の騎士はちょっと離れて見守っている。

 イオはスピネルが手を握っていて、迷子にならないようにしている。後ろにギードとカリーヌ。二人も俺とイオも、ちょっとだけ稼いでる平民の子供、みたいな恰好で歩いている。

 ルヴェール家も少しずつ経済状況が上向いているのと母とカリーヌのおかげで、いい布地を手に入れやすくなったから、ちょっと破れて繕った服を着ることはなくなったのだ。


「スピネル~あっち!」

 イオが行きたい方向を指し示している。ここは南門に続く大通り。

 その道の両脇は建物から二メートルくらいが煉瓦一個分高くなっていて、歩道になっている。その、縁から建物側に向けて露店が軒を連ねているのだ。

 大抵は敷物の上に商品を並べているのだが、棚のようなものを作っていたり、荷馬車をそのままとか、バラエティに溢れている。

 売られている物も、色々だ。その色々をこれから見ていこうと南門の方角へ主にイオが先導で、歩き出した。

 両脇に建てられている建物は大体、五階くらい。色のついた煉瓦が使われていたり、屋根の色が違ったりしてカラフルだ。窓も半円形だったり、扉も色が塗られていたりと見ていて飽きない。

 そして大抵は看板があって、一階は商店が多いようだ。


「うわ~にぎやか」

「ほんとですね」

 ウォルトも初めての王都だからか、周りを感心したように見る。

「いろんなもの売ってるんだね」

「こういう露店は収穫祭の行商人とあまり変わらないですかね」

「そうだね。品ぞろえくらいかな? 変わるの……」

 赤い色が見えて俺は言葉が止まった。

「ウォルト、あそこに行きたい」

「あそこですか?」

 ウォルトはさっと周囲を見てから頷く。

「スピネル、弟が、あそこに行きたいって」

 今俺はウォルトの弟設定だ。スピネルはおじさん、イオはもちろん俺の弟設定。ギードとカリーヌは従兄弟。

 見る人が見れば裕福な家の坊っちゃんとお付きとも見えるかもしれない。

「わかった」

 イオをあやしながら俺の行きたい場所に向かう。


「いらっしゃい」

 麻袋のような敷布の上に並べられていたのは赤い実を付けたトマトの木だ。土がついて袋に入れられてる。

「お部屋に飾るといいよ。どうだい? 綺麗な赤色だろう?」

 店番のおじさんがしゃがんで見てたら声をかけてくれた。

「これって、苗の状態のはあるの?」

「苗?」

「うん。育ててみたい!」

「ああ、うちで栽培しているから、あるが……育てる? 坊っちゃんが?」

「うちには神業農業師がいるから、多分大丈夫だと思う」

「神業? 農業師がいるならまあ大丈夫だと思うが……観賞用だが、どのくらいいるのかね?」

「いっぱいほしいけど……これって、種の状態から増やせるの?」

「ああ、この実から種がとれるから、増やせると思うが、ちゃんと乾燥させないと腐ってしまうよ」

「これ、甘い?」

「食べるのか? 酸っぱくて食べられないぞ?」

「大丈夫!」

「はあ、まあ買ってくれるというなら売るがね、腹壊しても俺の責任にしないでくれよ?」

「うん! スピネル」

「量はどうしますかな?」

「二十くらいあればいいかな? とりあえずこの実が生ってるのは三本欲しい」

「後で家に届けてもらえるだろうか? まず三本の分はこれで、残りは持ってきた時に引き換えで払おう」

「家は……ええ?」

「これを見せてもらえれば門は通れる」

 スピネルは注文書を渡した。

 三本の実付きの木は他の苗と一緒に運んでもらうことになった。

「まいどあり!」

 にこやかになったおじさんに見送られて次の露店に向かう。

 トマトがあったよ! ちゃんと鑑定もした! トマトで間違いなかった!

 これでまた食卓が潤うよ。でも、うち寒いからな。育つかな?


 その後はイオとギード、カリーヌと買い食いしたり。

 門の方に向かう途中で、治安が悪そうだからと引き返したり。

 結局イオが疲れてしまって、戻ることになった。

 馬車に戻ると、師匠がぐったりしていた。お疲れ様。


 翌日、トマトが届いた。

「スープとかソースに使えると思うんだよ。どうかな?」

「これって、毒があるんじゃないですか?」

 エリックがあまりに赤いので不安げに言ってきた。

「毒はないはずだよ。でも酸っぱいって言ってた」

「これって観賞用で売られてるのは知っているが……誰も食べたことはないと思う」

 料理人さんが唸りつつ言う。

「まあまあ、物の試しで。よろしく」


 出されたトマト料理はとろりとしたトマトスープ。干し肉というよりベーコンと玉ねぎが加えられてコクが出て甘みがあった。

「美味しい!」

「美味しいな」

 師匠が感心したように言う。他のみんなも美味しいって唸った。

「熱を加えると酸味が飛んで、甘みが出るんです。色々使えると思うので試させてもらえればと」

 料理人がいきいきとした目をしている。

「そうだな。追加で買ってやってみればいい」

 師匠が許すと料理人とエリックは大喜びした。俺も大喜びだ。

 エリックがトマト料理を開発してくれればピザとか食べられるかもしれない。

 神業農業師様! 頼りにしてます!

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