第149話 師匠のガラスペン
「うん。割れもない。なんか周りがきらきらしてるけど」
もしかして下級のガラスの精霊かな?
徐冷庫から出したガラスペンに保護キャップを被せて箱に置く。
ペン先の保護キャップはスライムの皮だ。超便利素材。
置いたペンの周りの布のドレープも美しい。
俺は満足げに微笑み、蓋を閉じた。
師匠は食堂にいるかな? ちょうど朝食の時間だ。
「おはようルオ」
「おはよう! 師匠」
「どうした? やたらご機嫌じゃないか?」
俺は師匠の座っているところまで行き、後ろに隠していた箱を差し出す。
「これ! 師匠のガラスペン! 受け取って欲しいな」
「え、俺の?」
「そう! いっぱい書類と格闘してる師匠には必要かなって思って!」
「あ、ありがとう……」
師匠は俺の勢いに押され気味になりながら箱を開けた。
「……これを俺に?」
「うん。師匠のイメージで作ったから! この石はね、ダンジョンで拾った石なんだけど、師匠の名前の石でしょ? 絶対、何かに使うって思ってたんだ。インクもね、この色のインクが作れないかなって思うんだ。あの藍の染料を使えばできそうだと思うんだよね」
俺は箱を覆う藍染めの布の色を指して言った。
師匠の反応がない。
「し、師匠? 気に入らなかった?」
「いや……あまりに素晴らしくて驚いている」
褒められた! 師匠に褒められた!
「ありがとう。ルオ」
師匠の手が俺の頭に乗ってそっと撫でた。
「えへへ! 書き味も試してね!」
「ああ。大切にする。『不壊』」
師匠が付与魔法をガラスペンにかけた。
師匠の顔が綻ぶ。
ああ、作ってよかったな。
「これは?」
師匠がペン先に着いている半透明のキャップを指して言う。
「ガラスペンの先って細いからどこかに当たったら欠けそうでしょ? それの防止につけてるんだ。スライムの皮だよ。スライム超便利素材」
「ああ、確かに……」
師匠の鑑定が炸裂してるな。箱にも鑑定かけてるみたい。
「この箱も素晴らしいな」
「ルヴェール染めの布をカリーヌから分けてもらって刺繍してもらったの」
「ああ、土台は木箱か」
「緩衝材に綿を詰めたけど、きっちり型にくりぬいた柔らかい素材でもいいかもね」
「ほほう」
「後で、ペン置きも作って渡すね」
「ペン置き?」
「書いてる途中で手を止める時、ペン先がインクついてたら置き場所に困るでしょ?」
「そう言えばそうだな」
「昨日はそこまでできなかったんだ。だから後になっちゃうけど」
「インクを取る時は布か何かで拭うのか?」
「水で洗って拭けばいいんだよ。その時ペン先ぶつけると欠ける……あ、不壊の魔法付与してたっけ」
「なるほど。扱いは丁寧にか」
「うん。何か気になったら教えて? 同じのは作れないから、修正とかになるけど」
「同じのは作れない?」
「うん。似たデザインのは作れるけど、全く同じにはならないと思う。この模様はその時のガラスの状態とか、着色具合で変わるから」
「なるほど、一点ものか」
あれ? 師匠なんか嬉しそう。
「型で作ってるんじゃないから、仕方ないんだ」
「そうか……わかった。朝食にしよう。お腹が空いた」
「うん!」
食事をしながら色々師匠に質問されて楽しく朝食を終えた。
「喜んでもらえたね」
(主、よかったね)
(よかった)
(めちゃくちゃ喜んでたわよ)
ラヴァとガラスの精霊とカルヴァが言う。
「ほんと?」
(感動しすぎて固まってたの)
「そうなんだ~」
なんだかくすぐったい気持ちになる。
(主、馬車間に合う?)
「あ! い、行かなきゃ!」
その日の学院は浮かれてたせいであまり覚えていない。
帰って来てすぐにペン置きを作った。
師匠のガラスペンの軸部分の藍色のグラデーションと同じような色で、楕円形で中心がへこんだ形だ。へこんだ部分にペンを置く。
「ちょっとソラマメに似てる」
(ソラマメ?)
「大きい豆でこんな形の奴」
(食べたことないと思う)
「あれ? ルヴェールで作ってなかったっけ? ポタージュにしても美味しいんだけど」
そうか。なかったのか。
徐冷庫に入れて、翌日師匠に渡した。ソラマメに似てるよねっていったら、師匠も知らなかった。
今度、街で見つけてこよう!
「ガラスペンはいいな。引っ掛かりは少ないし、何よりインクをつける回数が少ない」
この世界まだ万年筆はないみたいなんだよね。紙も普及してないし。
「よかった。喜んでもらえて」
「ああ。羽ペンには戻れないんだ。どうしてくれる」
わしゃわしゃと髪を乱された。
「ええ、それは僕の責任じゃないよ!」
「まあ、そうだが……ああ、近いうちに領主様とハンスがやってくるぞ」
「え?」
「ガラスペン、ルオだけが作るわけにいかないだろう?」
「あ、そう、だね」
確かに。
「ハンスが作れるように教えてもらいたい」
「ええ?」
「鏡は少し落ち着いたみたいだからな。弟子に任せてこっちに来てもいいそうだ」
「教えるって言っても、その……作る時ラヴァに炎を出してもらって調整してるから、バーナーの調整をしてもらわないと同じようには作れないと思う……」
「ラヴァに? え、ラヴァに?」
「うん」
そう言うとしばらく師匠が考え込む。
「今度の休み、作る工程を見せてくれないか?」
「わかった! それは構わないよ!」
なにを作ろう? ギードとカリーヌに渡すのにしようかな? まだ先だけど、卒業祝いに贈るとか。ずいぶんお世話になってるしな。
「そのバーナーの調整はそれを見ながら考える」
「わかった! 次の休みが楽しみだな~!」
喜ぶ俺を見て、師匠が苦笑していた。
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