第7話 偉い先生
不審者を家に案内。なんだか、とっても危険な行為をしている気がする。
でも、この人、悪い人じゃないようだし、ラヴァが見えてる気がするんだよな。
めっちゃ、ラヴァが乗ってる方の肩見てくるし。目が髪で見えないから視線を感じるだけなんだけども。
河原から家までは一キロほど。まだ、四則計算も何も教わってないから歩いた感覚でこれくらいという感じ。子供の足で二十分くらい。村へは一時間ほどかかる。帰りが昇りなのできついのだが、村の子供たちはへいちゃららしい。
基本、農作業なんて体力勝負なのだから、当たり前か。屋敷の中と、たまに庭をうろつく程度だった俺なんか、体力なんてつかないよな。
ぶっ倒れて以来、日々地味に運動を続けていたおかげで村への往復で息が切れない程度には体力がついた。基本村まではいかずに河原までの往復だけれども。
俺が遊びたい時は自分から行くとお願いしたので今は誘いに来ない。子供たちもいやいやみたいだったからほっとしてるのではないかと思う。
屋敷の前に門番などはいないから、門を開けて正面玄関まで一直線だ。貴族のお屋敷とは思えない。
「ここだよ。ちょっと待っててね」
「おう」
素直に待っていてくれる模様。顔はきょろきょろしているけれども。一応玄関アプローチには母とネリア渾身の薔薇の花壇がお目見えしているのだ。綺麗だろう! 庭師がいないせいともいう。悲しい。
一旦扉を閉めて父のいる執務室に一直線。ノックをしたら、ローワンが扉を開けた。
「坊ちゃま、どうしました?」
「あのね、お客さま。玄関にいる」
「そうでしたか、行きましょう。坊ちゃまは部屋に戻っていいですよ」
「僕も行くーお出迎え」
「わかりました。旦那様、応接室にお通しします」
「わかった。あとで行く」
奥から父の声が聞こえた。今日は部屋にいたんだな。ローワンはネリアにお茶の用意を頼んで、玄関に向かう。
「お待たせいたしました。家令のローワンです。どのようなご用件でしょうか?」
「ああ、コランダムという、錬金術師だ。村で宿を頼んだら、ここへ行けと言われたんでね。泊めてもらえるか?」
不審者は錬金術師だった!! え、錬金術師? 思わず両手をパンと叩いてしまって、二人の視線を浴びてしまった。俺もなんでしたかわかんないよ。
不審者改め、コランダムは何やらメダルのようなものを出してローワンに見せていた。
「確かに改めさせていただきました。コランダム様、とりあえず応接室にいらしてもらってよろしいですか?」
「ああ、突然の訪問、申し訳ない。対応感謝する」
二人は応接室に向かう。コランダムは俺の側を通り過ぎるとき、頭をくしゃりと撫でていった。
「ありがとうな」
口の端が上がって、笑ったようだった。頭を押さえてついて行こうとしたらローワンに止められてしまった。
「坊ちゃまはお部屋にお戻りください」
声が圧を持っていたのですごすごと部屋に戻った。
結局、また焚き木拾いからやり直しだな。チョークも無駄になっちゃった。あんまり数なさそうだったから、無くなったら字の勉強ができないな。
採取した石を並べてある机に向かって座る。机の規格は大人向けだから補助の台が置いてある。
椅子にはクッションがあってちゃんと机に向かえるようになっているんだ。並べた石を見る限り、鉱物は豊富に眠っている気がするけど、魔物がいるっていうから、採掘はできないんだろうな。
ガラス工芸作家への道は遠いな。仕方がないので字の練習をした。
暗くなってきたので窓を閉めた。そうすると真っ暗になる。もっともラヴァがぼうっと光っているので真っ暗ではないんだけれども。
ノックが聞こえて扉が開いた。
「坊ちゃま、燭台をお持ちしました」
「ありがとう」
「お勉強ですか? 偉いですね」
「うん。本いっぱい読めるようになりたいの」
燭台はチェストの上に置かれる。俺がひっくり返したりしないようにだ。蝋燭の灯が揺れて、壁に影を作る。明るくはなるけれど、昼のようにとはいかない。
「もう少ししたら、夕食ですよ。お客様も一緒です。お偉い先生だって言ってましたよ?」
「お偉い先生?」
「ええ、王都の学府を出た方だとか。ああ、学府じゃわからないですかね。いっぱい勉強をしないといけないところです」
「いっぱい勉強かあ。……勉強って何?」
学府は学校かな? 勉強は勉強だろうな。今の俺は聞いたことないんだけど、貴族っていうのは家庭教師とか、つけるんじゃないんだろうか。庭師も雇えないから無理か。
「字を書いたり、世の中のことをいっぱい覚えることですよ」
「へえ」
「そのうち坊ちゃまも嫌でもするようになりますよ」
「えー」
俺が嫌そうに言うとネリアはくすくす笑って出て行った。
蝋燭の火にラヴァは踊るように戯れていた。火の色が赤になったり青になったりして、得意そうに俺を見るラヴァがめちゃくちゃ可愛かった。
少しおめかしをさせられて食堂に向かう。浄化もかけて髪も整えてちょっといい服も着た。生まれてから初めてのことだ。食堂には上座にコランダムが座ってた。
二度見した。
髪を後ろでリボンで結んだ、髭もない、藍色の目の涼やかなイケメンがいた。どう見ても三十いくかいかないか。服も、昔のフランスの貴族が来たような刺繍のある上着にしゃれたシャツにリボンタイ、絹地のトラウザースに革の靴。
貴族だ。本当の貴族。
俺は口を開けて凝視してしまった。
「席に着きなさい、あとで紹介しよう」
初めての晩餐が始まった。
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