第2話 ルヴェール男爵領

 父はルヴェール領の領主で、男爵位を持っている。祖父が早く亡くなって母と領を支えてきた。隣国と接する、王国の西端の辺境の小さな領だ。

 隣国と領を隔てるのは神獣が頂に住んでるという霊峰。高い山脈が連なって国境になっている。頂上付近には万年雪があり、領地を半円状に囲む樹海のような鬱蒼とした森がふもとまで続き、そこには魔物が跋扈する。

 森の浅いところは危険の少ない弱い魔物しか出ないけれど、奥は災害級の魔物もいるという噂だ。時折村のほうまで飛び出してくる魔物は、巡回する兵士や、有志の村人の皆さん、そして父が狩る。


 食事はごった煮のスープとパンだ。時々夕食に焼いた肉が出る。

 今日はどうやら収穫があったみたいで、中央に焼かれた肉が置かれている。これを取り分けるのは家長の仕事らしく、サーブされるまで手を出してはいけない。


 取り皿に切った肉が置かれ、父が食べていいよと言ってくれる。いい匂いに喉が鳴って、フォークで刺して口に入れた。塩とハーブで味付けされた淡白な肉は柔らかく、鳥のようだった。

 肉はご馳走だから、村人と分けるので、領主といえどもそれほど食べられないのだ。料理はネリアの役目だ。本当なら料理人がいるはずだけど、そうではない。

 今まで疑問に思わなかったけれど、どうやら貴族とは名ばかりの貧乏貴族かもしれない。ごくんと肉を飲み込んで俺は思った。


 この屋敷にお風呂はない。でも、魔法があるんだ。ネリアが寝る時にかけてくれる魔法が『クリーン』お掃除魔法かなって思ったけど、汚れを取り除く生活魔法だ。

「ありがとうネリア」

「いえいえ、ゆっくりとお休みください。ルオ坊ちゃま」

 燭台の灯りを消してネリアが部屋を出て行く。

 真っ暗になった部屋で、ぼうっとラヴァが浮かび上がる。

「ふふ、灯り要らずかな」

(あかりいらない?)

「ラヴァは何食べるの?」

(魔力)

「魔力?」

 あれ? ぶっ倒れた原因、魔力不足だって言ってなかった?

(魔力ちょーだい)

 前に噛まれた場所が熱くなって、意識がなくなった。


 鳥の声に目を覚ますと、もう朝だった。

 ラヴァが枕元で丸くなって寝ていた。少し大きくなった気がする。

「こいつのせいか」

 別に、魔力をあげるのはいいんだ。ただ、吸い上げる量を考えて欲しい。

 どうやら繋がりは噛まれたところにあるようで、そこから魔力が抜けていっている感覚がある。繋がっている限り、魔力がラヴァに流れるということだろうか。


 俺は起き上がり、窓を開けた。ガラスの入ってない窓だ。

 朝の爽やかな空気が入ってきて、それを吸い込む。目の前には森。遠くに霊峰。森からは鳥のさえずり。

「マイナスイオンを感じる」

 美味しい空気を吸い込むと、ベッドサイドに戻って用意された桶の水で顔を洗う。水さしの水でうがいをして、桶に捨てた。

 水が美味しいのは多分あの霊峰のおかげだ。しかも、硬水じゃなくて軟水だった。

 着替えを一人で済ませて、食堂に行く。


 朝食はバラバラになることが多い。父は仕事で、母も補佐と、イオの面倒を見るので忙しい。

 朝食の補助をしてくれたローワンに礼を言って部屋に戻る。

 肩でラヴァが動き回るのがくすぐったい。


 昨夜はすこーんと寝てしまったので、いろいろ整理ができてなかった。

 ベッドに腰かけて自分の記憶を探ってみる。ちゃんと、生まれて今までの記憶はある。もちろん物心つくまではぼやっとしているけど、愛されて育ったなと実感がある。

 弟が生まれてここ一年ほどは弟に振り回されて、俺に手をかける時間がなかっただけだ。俺は暇を持て余しているわけで、それを憂いた父かローワンあたりが今まで交流のなかった村の子供たちに頼み、俺と遊ぶように手配したのかもしれない。

 村の子供達としては、不満たらたらなんだろう。

 それに加えて、俺は遊びを知らないし、ひっ込み思案で、家から出て遊んだりしていないから、基礎体力がない。

 だから体力お化けの村の子供たちにはついていけなくて、倒れる羽目になった。うん。体力もつけよう。何事も体力だ。


 さて、ラヴァのことはいったん置いておいて、これから俺がどうしたいかだ。


 俺はこの男爵領の跡取りだ。長じれば父の仕事を受け継ぐ。村一つしかない小さな領だけど、村人の命を預かる仕事だ。両親は今は健在だけど、急に代替わりをするかもしれない。父がそうだったからだ。

 祖父が亡くなったのは魔物に命を奪われたからだ。祖母は気落ちをしたのか、病に倒れて亡くなったらしい。俺の生まれる前だ。

 戦争は今のところないが、戦争が起こったら参加しなければいけないだろう。俺はまだ何も教育をされてない。とてもまずい気がする。

 前世を思い出すまでは日々を暮らしていけばいいとぼんやり思っているだけだった。そのまま育てば流されるままだっただろう。


 でも、前世を思い出してしまった。俺にできることは何か。何を成し遂げたいのか。それを考えるには、俺は何も知らなさすぎる。

 まずは知るところからだ。本があるはずだから、まず知識を……


あれ? 俺、字、知ってるの?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る